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セキレイさんが歌う。
ローゼンベルクの歌劇場で歌っている彼女の姿を見たことがある。こんな場所で再会出来るとは思わなかったが。その彼女が女王の願いで今日、舞台で歌う事になった。
思い出すのは、隣で微笑む兄の姿。一番上の兄は足繁く歌劇場に通い、音楽家を支援していた。そこでセキレイさんを知った。
彼女の歌を聴いた時、兄は涙を流していた。兄はゆるゆると笑って涙を拭っていた。
――とても素敵な歌声だ。心に染みるようだね。
そう言って誤魔化すように笑っていた。
「いつか兄弟皆で聞きに来よう」という約束は果たされないまま。けれどランバートだけは再び聞く機会を得た。この花束は、兄の代理で渡すもの。
兄は彼女に花束を渡した事はあるのだろうか? ふと思って笑ってしまう。女性に奥手な人だったから、話しかける事はおろか花束を渡した事もなかったかもしれない。
「あの…」
「あぁ、すみません」
赤髪の少女が小さなピンクと白の花束を持っている。
ランバートは少し考え苦笑して、名を書かず一言添えた。
『心懐かしい歌声を有り難う』
END
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