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俺は恋人らしいことがしたい
「盛山、帰ってたのか。何か買ったのか?」
盛山は帰宅してから、手に持った包みをこっそり冷蔵庫に入れたのだが、シチューが煮込まれるのを待ちながら寛いでいる細川に気付かれない訳はなく、声をかけられた。
「ああ、ただいま。俺も自分にご褒美買っただけだよ」
「……怒ってる?」
そっけなく盛山が告げると、細川が少し元気を失くしたような顔をする。盛山は確かに細川を困らせてやりたいけれど、実際にそういう顔をされると心が痛んだ。ケーキのことは直前まで黙っていようと思ったのだが、こうなると話しておいた方が良い気がしてくる。
「あのさ、お祝いのケーキ買っただけだから。シチューの後に一緒に食べようよ」
「えっ。気遣わせて悪いな……」
「付き合ってるんだし、お前の誕生日なんだから祝いたいに決まってるだろ」
本当に申し訳ないと思ってるなら、キスの一つや二つしてほしいところだと盛山は思っていた。けれど、今の細川にそんな要求をして良いのかどうかが分からない。素直に恋人らしいことがしたい、と言うのは恥ずかしい。
しかし、例え付き合っていても他人には違いないし、言葉にしないと分からないことはたくさんある。現に、盛山は細川の考えてることが分からない。細川が盛山とどうなりたいのか、どうなっていきたいのかは、言われないと分からない。
尚も眉を下げている細川の頭に、盛山は触れる。背の高い彼の頭を撫でるのは一苦労で、最早頬を撫でているに等しかった。けれど、細川がまんざらでもなさそうな顔をしているので、盛山の心は少しずつ満たされていった。
「細川さ、そんなに悪いって思ってんなら、俺のお願い聞いてくれる?」
「内容による。出来るだけ聞きたい」
「じゃあキスしてくれよ」
「……え?」
盛山は事も無げに言い放ったが、内心は焦りと不安でいっぱいだった。細川が固まってしまったことも、盛山の心を揺らがせる。細川は唇に手を添えると、盛山から視線を逸らしていった。
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