side. Azur

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 肌寒くなって、震える体で目を覚ます。  辺りは僅かに明るくて、カーテンの隙間から見える景色は少しだけ白んでいた。スマホをつけると時刻は朝の5時ちょっと前だと、眩しいブルーライトで知らせてくれた。  夢を見てしまった。  今年の夏の、まだこんな現実が迫ってくるなんて予想だにしていなかった頃の夢。暑い夏が過ぎれば秋が来て、寒い冬が来る。当たり前のことなのに、今年は秋ですら一段と寒く感じる。私の隣には毛布にくるまる暑がりな彼が、すやすやと寝息を立てている。気圧や前線のせいだけじゃない、心が冷えきってしまったせいだなと私は独り思う。  あの夜。意を決して彼との情事に臨んだはずなのに、私は最後の一歩を踏み出すことができなかった。そんな私を彼は寂しそうな目をしながら抱き寄せて、分かったと優しく受け入れてくれた。最後の一夜すら添い遂げられなくて情けないはずなのに、不思議と涙が出ることは無かった。  あの夏の日を境に私は焦り、底知れぬ不安のせいで彼のことを見れないという、何よりの証拠だった。 「終わっちゃたんだ。私達。」  私達は結局一度も交わることなく、昇る朝日とは正反対に静かに幕を引こうとしている。彼が目を覚ませば気まずくなるのは確実だ。そうなる前に…  私は彼の家の合鍵を机に置いた。静寂に包まれた夜明けの部屋にコツンと柔らかくも悲しい音が響き、私の代わりにさよならを告げてくれた様な気がした。何か手紙を書き残そうとしたけど、寒さのせいなんだろう。手が悴んで、どうしても書けなくて諦めた。薄暗がりの中でこれ以上物音を立てない様に、そろりそろりとドアへ向かう。    これ以上私の身勝手さで、彼を起こしてしまう様な迷惑をかけたくなった。私は無言でドアを開け、その先に広がる何の変哲もない新しい世界へ一歩踏み出した。
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