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私は立ち止まることなく、駅へと真っ直ぐ向かう。彼のアパートは駅から少し離れたところにあり、大きな橋を渡った先に駅がある。私達は家まで遠いと何度もお互いに文句を言いながら、手を繋いでこの橋を歩いた。口ではそう言っておきながら、実際遠いと感じたことは無くて、むしろもう少しこの時間が続けばいいな、なんて思っていた。
私は今、その想い出の橋を、まるでそんな過去等始めから無かったかの様に、清々しい気分で渡ろうとしている。感傷に浸ることも、涙も流すこともできずに、遠くにある山から漏れだす朝日に導かれて、ただひたすら歩いていく。このまま渡りきれば今度こそ私は…
「待って!! 待てってば!!」
私は振り返らずにその声で立ち止まる。振り返らなくても、今の私を呼び止める人は彼しかいないこと位分かる。
「はぁ、はぁ…何で、どうしてお別れの言葉も、ないんだよ?」
「お別れする雰囲気だったでしょ? 昨日のあれは。」
「まだはっきりとした言葉で聞いてない!! そもそも何故別れなきゃいけないのか、俺の何が嫌なのか何も聞いていない!!」
彼は私と違って息を切らしながら、涙声で怒っている。感情溢れる彼と、心が凍てついた私。振り返ると私達の距離の間を、まるで境界線の様に昇りゆく朝日が差し込んでいた。
「別に何も不満なんて抱いてないよ。ただ、このままじゃいけない。変わらなきゃって焦っちゃっただけ。」
「何だよそれ…意味分かんねぇよ!! 変わらなきゃって、何だよそれ!? そのままでもいいじゃないか…人間必ずしも変わる必要なんてないじゃないか!!」
「うぅん。今じゃなきゃ、ダメなんだよ。今までゆっくり休んでいた分、今踏み出さなきゃダメなんだよ。私は君と同じ場所には立てなかったんだよ。」
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