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父親と娘が2人きりで外出する機会とは、人生のうちで、いったいどれくらいあるのだろうか?
あの頃は、もっと沢山あるように思っていた。
日曜日は何度でも来るんだから、その度ごとに小さな癖毛頭が、僕の足にじゃれついてくるように錯覚していた。
彼女の生活用品の購入という大義名分を得て、1人で浮かれていた僕だったが、久しぶりにして、またとない貴重な父子の外出は呆気なくも終わってしまい、帰りの車内となっていた。
ルームミラー越しに見た後部座席の美咲は、スマホをいじることに夢中で、最後の2人きりの空間さえも、四角い画面に奪われたような虚しさがある。
どんどん僕から離れていってしまう娘は、とうとう来月には、住居までもが遠く離れて行ってしまうというのだ。
美咲自身が選んだ進路だからと自分に言い聞かせはしても、そんな事実をまだ実感として受け入れきれていない僕。
「もうあれか、必要な物はだいたいそろったのか?
足りない物があるなら、今のうちに言っとくんだぞ?」
「うん……あとはいいかな。
細々した物は、あっち行ってからも買えるし」
スマホから引き離したくてやっと見繕った会話は、そんな短いやり取りだけで、再び後が続かなくなってしまった。
田園地帯の畑や田んぼには、まだ雪が溶けきらずに残っていた。
とりわけ雪遊びが好きだった幼い日の美咲の面影が、そんな雪景色の中に霞んで見えるようだ。
今度彼女が越してゆく町には、そうそう滅多に雪など積もらないだろう。
そうして考えると、車道の路肩に残る泥で汚れた雪でさえ、無性に愛しく感じてしまうものだ。
この雪が、全て溶けて消えてしまう頃、我が家からは、美咲の気配がなくなってしまうのだから。
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