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浸した足から伝わる温熱は、やがて体全体に行き渡り、背中がうっすらと汗ばむくらいになっていた。
「あぁー、暑くなってきたぁ」
そう言って湯から上げた美咲の左足の甲。
そこに小さく残った赤黒い痣が、白い素肌と相まって、ことさらに注視を引く。
すっかり表情の緩んだ娘に、僕は笑いかける。
「美咲のその痣、まだ残ってたんだな」
「うん、たぶんこれ、もう一生消えないと思う」
「あーあ、嫁入り前の体なのに」
「この痣ごともらってもらうから、いいんだもん」
美咲が幼稚園ほどだったか。
その痣は、彼女が持っていた線香花火の火種を、誤ってサンダルの足に落としてしまった時の火傷だった。
夜空を仰ぎ、真っ赤になって泣きわめく顔だとか。
着ていた浴衣の、向日葵柄の模様とか。
抱き上げた時の、他愛ない重さ。
パンパンに張ったお尻の弾力。
お日さまの匂いを孕んだ、髪の匂い。
汗ばんだ熱い体温と、湿度。
僕は全部、覚えているよ。
あの日の感触の全てが、いまだに僕の腕の中から消えないでいるよ。
さあ、歩いてけ。
あの日の印を一生残した、
その “あんよ”で ──
冬と春との境目の山に、キューという甲高い音が響き渡る。
あれは、
鹿の鳴き声だ。
~了~
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