佐木の話

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「やった!」  はしゃぐ恵が可愛くて心が和む。ふ、と、視線を感じてそちらを見れば阿部が嬉しそうに目を細めて佐木を見ていた。 「なに見てんだよ」  照れを隠すように乱暴に言うと、 「いやぁ、佐木は優しいなって」  と口元に笑みをうかべる。 「てめぇっ」  顔が熱い。悔しい、阿部にしてやられた。 「さっさと寝ろ!」  寝室を指さすと、 「恵。そろそろ寝る時間だよ」  恵のほうを向き、肩を抱いて部屋へと行くように促す。 「えぇ、もう少しだけ」  佐木の側にきて手を握りしめられた。  ちらっと佐木を見る恵の表情は、一緒にいたいといっている。 「うっ」  慕われるのはうれしい。だが、佐木は恵の頭を撫でて、 「お休み、恵君」  と口にすると、お休みと言ってしょんぼりとしながら部屋へと戻っていった。 「ほら、お前も休め」  次は阿部の番だ。恵のためにも身体を休めて治すことに専念すべきだが阿部は動こうとしない。 「阿部」 「食事が終わるまで、話をしてもいいか?」  と真剣な表情を浮かべた。きっと大切な話をする。それを感じたから了承した。 「恵のことなんだ」 「あぁ。お前、離婚したのか?」 「いや。恵は俺ではなく姉の子なんだ」  阿部の姉は離婚して、息子の恵を連れ実家に戻ってきた。旦那の浮気が原因だったそうだ。  両親は二人を温かく迎え入れた。それから新生活がスタートする。  恵のためにとたくさん働いた。それでも休みになると普段寂しくさせている分、色々な場所へと連れて行った。  その日は晴天で風も穏やかで、遊びに行くのには最高だった。一泊二日で東北へと両親と共に出かけたのだが、悪質なドライバーに絡まれ、そして進路妨害をされて事故がおきた。  父親と姉は即死、母親は重傷をおい病院で亡くなった。まだ赤子であった恵は姉が守り軽傷で済んだ。  地検は、危険運転致死傷罪などで起訴。地裁は懲役18年を言い渡す。罪を犯した男は服役中だ。
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