佐木の話

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「そんなことがあったのか」  全然知らなかった。久しぶりに会った時だって何も話さなかったから、結婚して幸せに暮らしているのだと思っていた。  わかっている。話したところでどうにかなるわけではない。阿部の心が苦しくなるだけだということは。  ただ、友達だと思っていたから勝手にショックを受けているだけだ。 「やっぱりそんな顔をさせてしまったな」  手が頬に触れて親指で優しくなでられる。 「わるい」 「でも、俺はそういう所も好きなんだ」  阿部が肩に頭を乗せる。 「阿部、お前、そろそろ寝ろ」  胸の鼓動が跳ね、佐木は阿部の頭をつかんで引き離す。 「気持ちは本当だからな。覚えておいてくれ」  と胸をトンと叩かれた。 「……わかった」  この気持ちに嘘はない。それは目を見たらわかる。 「まいった。悪い気がしないんだよな」  この頃、忙しさもあり恋愛ごとから遠ざかっていた。それだけに余計に思ってしまうのだろう。  もともと阿部のことは好きだ。ただ、同性だから、友達だからとそれ以上に見ることはなかっただけ。  別の見方で阿部を見たら、自分の気持ちはどうなるだろう。それを知りたい。 「は、なんだよ、もう答えが出たじゃん」  明日、思いを告げたら阿部はどんな顔をするだろう。  頭の中で浮かぶ表情。それが見れたらきっと彼を抱きしめるだろう。 <了>
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