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 閑静な高級住宅街。  煌びやかな豪邸に混じり、古びた洋館が一軒あった。  所々綻びがあり、煉瓦で建てられた家はどこか不気味だ。実際この洋館は近所の人から幽霊屋敷と呼ばれていた。  そんな曰く付きの洋館のただ一人の住人、木島健三(きじまけんぞう)は車椅子に座ってうたた寝していた。  短く切った髪には白髪が混じり、時折薄く開く瞳は鋭さがある。  室内は外同様アンティーク調だった。椅子や机、棚、ランプと、部屋を構成する全てが落ち着いた雰囲気を醸し出している。  木島が微睡んでいると目の前の扉が開く。扉に付いていた鈴がチリンと音を立てた。  その音に木島は目を覚ます。そして入って来た人物を見上げた。 「……何だ、タキか」 「何だとは随分な挨拶だな。ーーどうもオッサン」  入って来た青年は無愛想に挨拶をすると、荷物を机の上に置いた。  青年の名前は滝本祐二(たきもとゆうじ)、通称タキ。木島を担当するホームヘルパーである。  確か今年で二十六歳だった筈だ。仕事に相応しくない金に近い茶髪で、言葉遣いと態度が粗雑な、いけすかない若者だ。 「オレがいない間、何か変わった事はあったか?」  年上相手にタメ口で話すタキに、木島は最近の若者は非常識だと顔を顰めた。 「特に変わりはない。安藤さんはお前と違って、しっかりしてるからな」 「相変わらず減らず口な事で」 「何か言ったか?」  木島が睨み付けるとタキは「何も」と答え台所に消えた。  タキが来るのは基本的に、土曜日から水曜日の間だ。彼が来ない木曜日や金曜日等は安藤という女性がやって来る。二人共来ない日は別の人間が来るが、木島を担当するのは主にその二人だった。 「――どうしてサラダにトマトが入っているんだ?」 「オレの仕事には栄養管理も含まれてるからな。トマトは体に良いぞ」  質問という名の抗議を軽く躱して、タキは木島の前に昼食を置いていった。  鮭の塩焼きに豆腐とわかめの味噌汁、白米ーーそしてレタスとキュウリとトマトのサラダが木島の前に並べられた。 「俺がトマト嫌いだと知っているよな?」 「好き嫌いしてると長生き出来ないからな。ちゃんと食えよ」  鋭い目をさらに鋭くしてタキを睨むが、彼はどこ吹く風。さっさと台所に引っ込んで、片付けを始めてしまった。  文句を言う相手がいなくなり、木島は渋々味噌汁を啜る。味噌の加減は絶妙で、出汁や具材の味を殺していない。  今時の若者はまともに料理が出来ないと言うが、タキの腕前は大したものだ。決してそれを本人に言う気はないが。 「おい、トマトも食えって言っただろ」  食べ進めているとタキが戻って来る。そして皿に残されたトマトを指差した。 「嫌いだと言ったろ、五月蝿い」 「だから、健康の為だって言っただろ」 「だったらトマトなしで健康に良い献立を考えろ、仕事だろ?」  木島の言葉にタキが苛立たしげに眉を動かした。 「屁理屈ばかり言いやがって」 「何だと?」  どちらも引かず二人は睨み合う。  ーーこれが二人の日常であった。
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