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9
夜の居酒屋。仕事帰りの会社員や打ち上げをする学生達がいて騒がしい。
盛り上がる客を他所に、タキはカウンターの隅で静かに酒を飲んでいた。
「お疲れ」
そんな彼の肩を後ろから叩く人物がいた。
「……何だ、お前か」
「何だとは同僚に向かって失礼だな」
肩を叩いたのはタキと同い年位の青年だった。
彼はわざとらしく肩を竦めると、許可なくタキの隣に座る。
「今日も木島さんの所だったんだろ? その顔は何かあったな」
「別に何も……」
答えをはぐらかすタキに、青年は眉を顰めた。
「お前さ、いつまで俺の名前借りて、木島さん家で働くつもりだ? いい加減本当の事を言えよ」
「――そんなの、言える訳ないだろ」
乱暴に酒を仰ぐタキに、青年――本当の滝本祐二は頬杖を突いた。
「確かに言えないよな。お前、親父さんに復讐する為に担当に名乗り出たんだもんな」
少し蔑むような滝本に、タキは口を噤んだ。
――木島は最低な父親だった。
仕事で家族を蔑ろにし、挙句の果てに母に暴力を振るう、父親としても夫としても最低な人間。
事故に遭い、日常生活が困難になったと聞いた時、タキは彼の不幸を喜んだ。そして思ったのだ。自分がホームヘルパーとして現れ、嘲笑ってやろうと。
しかしタキの企みは呆気なく崩れ去った――事故によって、木島が別れた妻子の記憶だけ失っていた事で。
復讐したい父親は、遥か遠くに消え去っていた。
「――まさか、名前の由来が本当だったなんて」
自分の名前を父親が付けた事は知っていた。しかしあんな男が子供に名前を付けたなど信じられなかったのだ。
考え込むタキに滝本は溜め息を吐く。
「全くしょうがないな、アカリちゃんは」
「その呼び方やめろ」
手を伸ばしてきた滝本を振り払う。そしてグラスに入った酒を飲み干した。
「あの、クソ親父……」
音を立ててカウンターにグラスを置く。
手で顔を覆った彼の頬から、一筋の涙が伝った。
「どうせ憎ませるなら、最後まで憎ませろよ」
――カウンターに置かれたタキの鞄からネームプレートが出ている。
そこには『冴木灯』という名前と、目付きの悪いタキの写真が貼られていた。
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