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他人を蔑み、それを言葉にする人は可哀想だと思う。
可哀想というのは無論、憐れみでしかない。軽口を平気で叩いてみせて。息するように人を傷つけて。そんな人が真っ当に生きられるかどうか。それは、手に取るように分かることだ。
そう思ったのはいじめを題材にした小説を読んだから。こんな人間がいたら嫌だな、と思って高校に入学してみると、本当に、小説とまんまの人物がいた。私の言霊か? と思い、激しく後悔した。
見た目はスラッと背が高くて清潔感に欠けている男子生徒。はじめは嫌だな、関わりたくない、の段階だったが一週間で虫酸が走るほど嫌いになった。
芸能人の悪口を平気で言うような男だった。教室にファンがいるかもしれないなど考えもせず、でかい声でヤリチンだの、ブスだのと言って見せた。その顔には罪悪感なんてない。言ってやったぜと自慢げだった。
彼は自分の行いが祟って、色んな人物に陰口を叩かれるようになっていった。長い付き合いのある友達らしい人も言っていたのだから相当だ。
悪口の悪口。
そんな場面に出くわしたときはいつも『あいつと同じことしてるよ』と吐き捨ててやりたくなる。でも、変な正義感を振りかざすなと意味のわからない反撃をされるのが嫌だったので、見て見ぬふり、知らんふりを決め込んだ。
ああ、悪口を聞くと気分が悪くなる。
思うのは勝手だが、言葉にするなよと思う。
悪口のレパートリーを増やすより、その言葉選びの達者さをもっと違うことに生かせばいいのに。
私もこうやって、心の中では色んなことをごちゃごちゃと考えているけれど、それを表には出すことはない。汚い言葉はしっかりフィルターに通して相手に伝える。心の中でズタバタにしてる人とも普通に接する。
他者にはそれが、優しいと映るらしい。
そうやって誉められても後ろめたさから喜べなかった。
私は私の外面が好きだった。
外面を磨くのが好きだった。
いい人像を見よう見まねしたこともある。いい人になりたいというのは本心だが、いい人を演じているのとあまり変わらない。
いい人ぶるなと言われたこともある。そのとき、ハッとした。ああ、私はいい人じゃなくていい人な自分が好きなんだ。
「あいつ、サイテー。森くんのことバカにしやがって」
アイドルを推してる真美は、あいつを見ると一瞬で不機嫌になる。仲のいい女子の中で一番怒りっぽいから、手がつけられない。勢いそのままに悪口を吐くものだから、私は常に耳を塞いでいたかった。
悪口は、怖い。
自分に向けられていないとしても。
次の日の帰り道、私は真美に誘われて一緒に帰ることになった。真美は妙にゴギゲンで、なにがあったのかと聞いてみたら、コンサートのチケットが当たったのだと言う。今日ばかりは悪口を聞かなくて済むと安心しながら歩いていると、道路を挟んで向こう側の通路にあいつが見えた。
ゲッと真美が不機嫌な声を出す。
なんでそんなとこに立ってんだよ、なんて、あいつにしてみれば理不尽な怒りを露にした。
あいつは一台の車を見つけて幼くてこてこと歩いて乗り込んだ。隣で真美が「怠け。親に迎え来てもらってる、自分で帰れよ」なんて言っている。
通りすぎていく車を横目で見る。
運転席の母親は幸せそうに笑っていた。
スモークガラスだから後部座席に座っているあいつの顔は見えないけれど、なにか話しているのだろうか。今のを見たかと友人に聞いても何のことかと聞かれて話にならなかった。
あいつは母親とどんな顔で、どんな話をするのだろう。まさかあの母親にも悪口を言って困らせているのだろうか? いや、あの笑顔は、甘やかされているのやも知れない。
あいつには名前がある。
あの優しい笑みをたたえた母親につけられた立派な名前が。あやうく名前まで嫌いになりそうだった。名前に罪はないのに。
昼食時、真美ではなく志保があいつを悪く言い始めた。今までそんなことなかったから酷く驚いた。猫のかわいい箇所を絶え間なく話したり、美味しいものを本当に美味しいと笑うような子だった。
悪口を言う彼女はいつもより生き生きとしていた気味が悪かった。
彼女が憎たらしそうにあいつを見たので、その視線を追いかけあいつを見る。見たら、昨日の光景を鮮明に思い出してしまった。
もう、無理だ。
これ以上悪口聞いてらんない。
極端な話、悪口を聞きながらの食事と低学年がふざけて言ううんこを聞きながらの食事だったら、完全に後者の方がいい。
理解できる点だっていっぱいある。心の中の私は物凄く深い相づちを打っている。
けれどこんな言葉で、こんな顔で、誰かに私の悪口を言っているのだと思うと怖くなる。吐き気がした。
嫌いになりたくなかった。
やめてくれと伝えると意外とすんなりやめてくれた。心配までしてくれた。ごめんね、こんな話嫌だよねと言いながら。
彼女は本当に優しい人で、人が傷つくのが許せないだけで。その正義感を悪口に傾けてるだけで。それはよくわかっている。それでも。
傷つけ返しても、何もないのを知っている私は、ただただ豹変した彼女が怖かった。正義も、背景も、関係なしに。
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