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あいつが私を好きだという噂が流れた。 どういうことだ。何があったんだ。 どうしてそんなことになるんだ。 友人と私の会話に聞き耳をたてて聞いていたという人物が、私が庇っていたぜとあいつに伝えたらしい。そうしたら私が気になるようになったと。なんでだよ。 噂は悪口だけでなくそんな根も葉もないことが出回ったりもするのか。なんだよ、怖いよもう。何も話せないよ。 冷やかす友人に私は驚いた旨を伝えた。 でも、心中は冷静だった。 あいつ、人を嫌うだけでなく好くこともちゃんとできるんだ。 付き合うようになったとして、まぁ、もしも話だが。なったとして、私はあの日の母親のように笑いかけることができるのだろうか。愛しい目で見れるか。 考えても考えても、答えは一つだった。 その放課後、噂が本当だと実証された。あいつは、少女漫画の一ページのような綺麗で、青臭い告白をして来た。 告白なんてものをされたら悩むそぶりをしようとは思っていたが、本当に一瞬、悩んだ。 どう言えばいいだろうかと悩み、考え、それでやっぱり、丁重に断った。 断りかたがうまかったのか、あいつはなにも言わず口をつぐんで納得したように頷いた。か細い声でわかったと言う。 悪口や大口を叩いている人とは思えないほど、ひしゃげていた。なんだか気の毒になり見るのが申し訳なくて、その場から足早に立ち去った。誰にも言わないと伝えてから。 次の週の月曜日、あいつは丸坊主にして登校してきた。なんだ、さっぱりしたじゃん、なんて思っていると 「ねぇ、フッたんでしょ」 と後ろから聞こえてきて、最初幻聴かなにかだと思った。ノイローゼになってるって。 だって誰も知らないはずだし、あいつが言うわけないしと思いながら振り向くとにやついた真美がいて、背筋が凍った。怖い。情報網どうなってんの。 私は約束の通り、口外してないのに。 「え、なんで知ってるの?」 「綾瀬が言ってた」 そうか。 あいつの悪口の種にされたんだ。 フりやがってみたいなことでも、言ってるのだろうか。その結果は考えてなかった。 どうしよう、本気で吐けるかもしれない。 「好かれるために清潔にしたいって思った結果があれだって」 「……え?」 「可愛いとこあんじゃん、あいつ」 はぁぁと吐瀉物の代わりにため息が出た。 真美は何のため息? と相変わらずにやにやしている。あいつに対する嫌悪感、今はすっかり忘れてるらしい。 悪口は誰かを通じて伝わると、物凄く拗れて伝わる。悪口だって形ひとつ変えればアドバイスになるし、意見にもなる。 あいつの場合、悪口を言っていることに対する嫌悪感を持たれてるから、悪口を言うなと、直接本人に伝えてみよう。 そうだな。 手始めに、清潔さも大事だけど口の悪さ何とかしてみては? と提案してみるか。 私は、あいつの恋愛対象になってるので、言ったら変わってくれるかもしれない。あ、自分で言っててなんか自惚れてるみたいで気持ち悪いけど、でも、そういうことなのだろうから、事実としてだ! 事実を述べたまでで……。 でも、これは本当に都合がいい。 いい人にもなれるし、悪口を聞かなくてすむ。万々歳だ。ああ、こんなことを思う自分はやっぱり情けなくて、子供なんだな。 こんなことを思ってしまう私はこの先、いい人にはなれないのだろう。 心の中に悪い部分を秘めて、その後ろめたさがあるからずっといい人になりたい、いい人になりたいと願って、いい人ぶり続けていく。 ただそんな私でも簡単になれるものを見つけた。 傷つけない人。 私があいつの大切な人になれるかどうかは、まだよく分からない。無責任かもしれないけど、そういうことには慎重でいたい。 でも、けれど傷つけない人になら、すぐにでもなれる。 綾瀬直哉。 やっぱり、いい名前だよ。それも合わせて、綾瀬に気づかせてやる。 私はそういう人になろう。
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