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下僕どもが、自由な私語は禁止なのにくっちゃべっている。
「炎が死体に届きそうにないな」
「直接燃やそう」
「蘇るかもしれない。そうしよう」
「やるなら早くやろう」
などと聞こえる。
目に力を漲らせた下僕どもが迫ってきた。
「止まれ。勝手に動くな。御主人様の命令どおりにしろ」
魔杖を揮う要領で人差し指を振ったが、魔法は一切、発動されなかった。
「なぜ? このあたしが、摩訶雪燃ゆ奈が不安を抱くとは」
偉大なる魔女が道を開けるなどあってはならないが、近寄られたくないので、屈辱的な後退りをする破目になった。
「いかなる恒星よりも輝く魔女を、一歩でも下がらせたならば罪深い。おまえら、千日罰の目に遭わせるぞ!」
眼前まで来た下僕どもが急変し、怯えだした。
あたしは安堵により、一粒ルビーほど価値のある唾を飛ばす勢いで笑った。
「それでいい」
カナリア千羽がひれ伏す美声で命じる。
「反省を全面に押しだした顔で十歩下がり、一センチのズレなく整列しろ」
下僕どもが喚き、叫び、逃げだした。
「おい待て!」
蜘蛛の子を散らしていく。
「わけがわからない」
今度は後方から唸り声が聞こえた。あってはならない不届き尽くしの日だ。
「流麗な滝の裏側のごとき静謐なあたしの背後に無断で立つとは何事だ!」
振り返るときは必然、破格の胸が揺れる。振り向かれた者は三回転して地面に額を擦るのが常識だ。
血まみれの死体が突っ立っていた。
「ぎゃあああ! ゾンビ?」
高貴な魔女の対極があるなら、動く醜き死体だろう。最も侮蔑する存在がすぐ傍にいる。
「声をヒビ割れさせて叫ぶこともあってはならないのに」
摩訶雪燃ゆ奈が異常事態に陥ることこそがあってはならない。
「消滅しろ、こら、消えろ、おらあ」
魔法が発動されず、戦きが募る。
ゾンビが腕を前に伸ばし、足取り悪く近づいてくる。
「顔まで切り刻まれて、この汚い女は誰だよ。あたし以外の女は魔女であっても全ては下衆だ。城には一歩も入ってはならない。ドブネズミが、気持ち悪い。焼却してくれようって、炎が出ない、あっち行け、あれ?」
崩壊していても、何千何万と鏡で見た顔を間違うはずがなかった。
服装も、悩殺ど真ん中、露出ぎりぎり黒のレザーファッションではないか。
「あたし、あたし、あたし、ああ!」
少し前の記憶が空白なのはおかしいと気づいたのに続けて、空白期間の記憶が蘇った。
あたしは下僕どもが従順なのをいいことに、投げキッスやウィンクをさぼった。飴を怠り、鞭だけを入れていたら、下僕どもの統率が乱れた。反旗を翻され、唯一の友である黒猫を殺された。
あろうことか、あたしは怒るより先に悲しみに暮れ、我を失うほど泣きじゃくった。その隙に体中を包丁で刺された。魔力が減退し、瀕死の状態で逃げたが、正門で力尽きたのだ。
「あたしが殺された!」
壊れる余地のない、恒久、久遠、不朽、永劫、無窮、万代、永遠、終古、不易、永久、万古たる美貌のはずが、あっさりと途絶えた。
体が透けているのは言うまでもなく、ゴーストだからだ。
高貴で偉大なる魔女の、絶頂の人生が、突然として終わった。
この上なくショックだ。最高の芸術品が朽ちゆく肉塊に成り果てている。大ショックだが、パニックのほうが上回った。
「あたしの死体に入ってんの、誰だ?」
死した自分が寄ってくる。
「体を返せ、愚か者め!」
未練でしかないが、ピサの塔ほどに堆くなって傾いた怒りの倒しどころは、このゾンビだけだ。
「眩い黄金だった魔女の肉体は、腐ってもなお生者よりは価値がある。痴れ者よ、出ていけ!」
脳味噌も美しかったあたしは閃く。
「あたしだって死体に潜りこめるんじゃないのか」
だが自分自身であっても血みどろのゾンビは穢らわしい。
「どうしよ。汚いのいや。でも霊だし」
手を出したり、引っこめたり、躊躇する。
「むかつく、ぶっとばしてやる!」
決心して目を背けながら、体当たりした。反発はなく、吸いこまれる感覚で体内に入った。
「痴れ者、犬のふんに押しこめてやる!」
何者も感じとれなかった。
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