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「あたしの肉体が勝手に動いていた?」
ゾンビに重なったままでいると、痺れる感覚がしてきた。
「そうか、肉体に魔力が残っているんだ!」
これが魔女の底力だと、自分でも初めて知った。今まで窮地に陥ったためしが一度もなかったのだから無理もない。
包丁で刺されたときは心が折れていた。今は明確だ。腐った肉未満の下僕どもを皆殺しにしてやる。
「魔力を感じる。魔女に不可能はない。蘇生できるはず。あたしの美貌は不滅だ。蘇れ。来い。人類の中で選ばれ、進化した価値を示せ。あたしは無二の宝石だ。戻れる、戻れる、戻りたい、戻れ!」
魔力を操れている。朽ちた肉体と一致していくのを把握している。切り刻まれた酷い痛みが証拠だ。中途で止めれば痛みが続くので、めげずに魔力を高めた。すると体が光り、傷が和らいでいった。
「どうだ、崇高なる魔力を見たか。って顔は?」
肝腎の場所を丁寧に撫でた。どんなに鞣した高級な革でも敵わない滑らかな肌触り。傷跡は一切なく、いつもどおりだ。
肌身離さず腰に携帯している手鏡をかざした。
一ミリのずれもない黄金比、口紅いらずの桃色で瑞々しい唇、パフを使わずともほんのり朱色の頬、付け睫毛よりも長く鋭い睫毛、アイシャドウを使わずとも際立つ流線型の大きな目、深く燃える臙脂色の瞳、左右を対象に分ける垂直な鼻筋。
あたしは優雅な楽園が再現されている顔を、穏やかに綻ばせた。肩まで届く栗皮色の髪の毛が風で靡き、祝福してくれている。
「きゃあ、やったあ、これがあたし、極上の魔女よ、宇宙的美女よ」
はしゃいでいると、下僕が一匹だけ残っているのを見つけた。ゾンビはゴーストだったあたしではなく、あいつに反応して向かっていたのだろう。
「喜んでいる最中に視野に入るとは不届きだぞ。両手両足を縛って全身を紐で巻き、独楽にして、って下僕の制服じゃない?」
ジャケットとズボンが色褪せ、みすぼらしい。
パーマをかけていないだろうに髪がぼさぼさで、下僕候補だ。垂れた目と太い眉毛、勉強に取り憑かれたような扱けた頬は、下僕が似合っている。背はそこそこ高く、姿勢もよく、下僕向きだ。二十歳前後の若さだろう、下僕として活きがいい。総じて下僕の申し子だ。
「見物とは物好きな痴れ者だが、ちょうどいい」
あたしは念には念を入れ、サソリが尾を振るかのごとく尻を跳ね上げ、完璧なキッスを投げた。
「強烈すぎたか? 早く近づいて跪け。頭を踏んづけてやるぞ。おまえが新たな下僕一号だ。あたしを幸福にするため、血反吐を吐くまで尽くし尽くせ。足腰立たなくなれば、体を丸めてテープで雁字搦めにし、人間ボーリングの玉側になる栄誉を与えよう。痛っ、熱っ、なにっ」
あたしは体を弄った。切り裂かれる痛みのぶり返しが起こっている。実際に血が噴きだした。
「嘘だろ」
あたしが跪く陵辱の事態になった。
「ふざけんな」
ジャケットに手を突っこんだまま、百度の躾が必要な態度の若造が近づく。冷めた目で見下ろしてくる。
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