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「政府が触らぬ魔女に祟りなしの姿勢をとるほど、魔女とは脅威の存在だけど、摩訶雪燃ゆ奈といえば中でも最強最悪の魔女だ。それが殺され、蘇り、またこんなふうに繰り返す、なるほど」
若造は動く死体に怯えることなく、一転して耽りだした。こいつも異様だ。
「あたしを呼び捨てにすればどうなるか、いや場合じゃない、手伝え、命令だ。なんとかしろ」
若造は腕を組み、顎に手を当て、独りごち続ける。
「意識がマジョコンドリアで生成した魔力を操るなら、精神のあり方か? 死者を蘇らせた過去の事例は、神の奇跡だけだ。ならば、なるほど」
「こいつ、声が聞こえていない。あたしが魂だから」
歩く死体から肉片が垂れた。若造が説いたとおりなら、肉体の崩壊が進行しすぎると、そのマジョコンドリアも壊れて魔力が使えなくなるのだろう。
「頼む。高待遇の下僕にしてやるから、美しいあたしに戻らせろ、って聞こえてねえ」
あたしは自分でするしかなく、朽ちゆく肉体に突っこむ。覚悟していても痛い。
「苦しっ、いや美しい、あたしは美しい、美しいんだ!」
肉体が合致してくる。痛みを越え、和らぎが訪れた。アロマ室でのうたた寝を越える心地よさで修復していく。
「ああいい!」
あたしは佇立していた。
滑らかな肌だ。傷が完全に癒えている。
「疲れた。死にそう。って生き返ったんだ」
若造を睨み、詰め寄る。
「おまえ、詳しいならとことん説明する許可を出す。あたしに何が起こっているのだ? 断るなら拷問、ぐわっ、いやだあ」
痛みが全身に帰還する。皮膚が醜く暴れる。
「なんでこんな目に」
若造に両肩を掴まれた。
「湯船に浮かぶ垢同然が、触る許可など出して、ひいい」
「すぐに朽ちだすのはなぜか。わかってきたぞ」
「だったら早く助けろ」
「魔女だってマジョコンドリア以外は人間の細胞だ。死んだら生き返らないんだよ」
「なら今のあたしはなんだ?」
「肉体が死んでも、エネルギーを生産できるマジョコンドリアだけは、独自の生命力で死を免れている。それでゾンビになって徘徊できているけど、やがて尽きる傾向は見せてもらった。かたや一時的でも完璧なほど再生するのであれば、ええ、ええと、なあ、君は死んだあとどうなってる?」
「口の聞き方が容赦ならない。あとで仕置き」
「早く答えて」
「魂になってたよ。あたしは戻りたいと切に願い、死体に入りこんだ。そしたら戻れた」
「やっぱ魂ってあるんだな。君のおかげでいろんなことが知れるよ。魂の強い想いが魔力と結びついたとき、魔法によって肉体が再生されている。さすが魔女の力だけど、すぐに朽ちるわけだから正式な蘇生じゃないとなる。見せかけだ」
あたしが苦しんでいるのに若造は淡々と語る。憎たらしさは消えないが今は頼るしかない。
「あたしがゾンビのままだと?」
「マジョコンドリアのなせる業だけど、君の魔力が特別強烈なのもあるんじゃないかな。他の魔女が可能かはわからない。君は魔力で死んだ細胞を活性化させ、擬似的な生命活動をしている死体だよ。世界で一番美しいゾンビってとこだな」
「美しい」
魔女になって以来、その言葉をかけられた記憶がない。下僕どもは褒めていい立場になかった。
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