第一章 摩訶雪燃ゆ奈様

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第一章 摩訶雪燃ゆ奈様

 高貴で偉大な、あたしの名を冠する城。  その門を出る僅か手前に、滅多刺しの惨殺死体がある。女が澱んだ血溜まりを作っている。 「誰だよ。摩訶(まか)(ゆき)燃ゆ奈(もゆな)様の聖域を汚してんじゃないよ」  それどころじゃなかった。  二〇二〇年現在、日本で最も豪華な屋敷は、東京にあるこの摩訶雪燃ゆ奈城だ。投げキッスだけで日本中から男を(いざな)い、仁徳陵古墳五つ分の土地をウィンク一つで国に献上させ、建立させた。 「その城がなに炎上してんだよ!」  チェコのプラハ城をモチーフにして、何本も立たせた塔に並び、炎の塔がそびえる。そこから高く渦巻く煙が黒雲を作り、城が覆われている。 「雨を降らせたって消える程度じゃない。下僕どもはどうした?」    見下ろす周辺に総出で屯していた。 「勝手に城を出やがっただと? おまえら早く火を消せ!」  忠実なはずの下僕どもが、突っ立ったままだ。 「どうした?」  あたしの声にまるで反応しない。 「お仕置きしてる場合じゃないけど、しゃあないねえ」  グリップに十億のダイヤモンドを埋めこんだ魔杖を、九十三センチのバストのあいだから、とりだそうとした。 「なんだ?」  よく見ると、悩殺ど真ん中、露出ぎりぎり黒のレザーファッションが地面を透かしている。 「肌が透けるほど綺麗なのは当然として、魔杖は消えた? クッションもないぞ」  箒は尻の穴が擦れて痛くなるので、円座クッションにしていた。いつもなら、一億の織物をかけたクッションに魔法をかけ、飛んでいる。 「まあいいや。魔杖は魔女のイメージ作りと、あまったダイヤの活用でしかない。魔法はあたしの体から湧き上がる力だって、だからなんで肌もマジで透けてんだよ」  とりあえず、地上に接近する。 「同じ目線に降りてやったぞ、カスども。めんどいから城は棄てた。新築するまでは日本一でかいホテルでも乗っ取るさ。おまえらは水を被って炎に突っこみ、忠誠心を示してこい。三秒だけ憶えておいてやる」  代わりは幾らでも調達できるのだ。  お仕置きより直接の効果がある、虜の投げキッスを放った。 「潤いに満ちた麗しい唇の大安売りだ。五十億まで下落だよ。ああやだやだ」  なのに下僕どもが動かない。透けたあたしを通り越して死体を見ている視線だ。 「こいつら、どうなってんだ?」  自分自身にも違和感があった。何か忘れていると感じる。  感情の起伏を認めないよう躾けたのに、下僕どもの目はやたらと勇ましい。生き地獄のほうがよいだろうか。 「全員、百日罰に処す! 整列しろ」  極上の刺激を帯びさせたウィンクを放ったにも拘らず、統率がとれない。  あたしも何かを忘れている。  下僕どもが従わないのは、美貌が飽きれるほど進みすぎて魔女になって以来、初めての出来事だ。 「この摩訶雪燃ゆ奈が、混乱することがあってはならない」  悩みは肌に悪影響を及ぼす。
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