6.夏至祭の夜

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 テントを出ると、辺りを見廻してグレンの姿を探す。焚き火のために組まれた木材の山の手前で、皆よりも頭ひとつ大きいのですぐに分かった。グレンからはシリルが見えないのだろう、きょろきょろと首を動かしている。 「こっち、グレン!」  手を振って存在を示すと、グレンが人混みを掻き分けてこちらに向かってくる。 「ずいぶん探したぞ、どこに行ってたんだ」 「ごめん、ちょっと秘密の場所に」  そういえば、「悩み聞きます」に十分間あまりもいたのだ。追いついたグレンを待たせてしまっているとは思いつかなくて、「ほんとにごめん」と平謝りになる。 「どうせまたなにか食べていたんだろう? ……なんだ後ろのテント、『悩みを聞きます』? まさか、あそこに行ってたのか」 「はい……」  空のように澄んだ瞳に真正面から見つめられると、正直にいうしかない。きっと呆れられているんだろうな、と下から覗き込むと、グレンはテントを睨んでいた。 「あの店がどうして安いのか知っているか? だれにも言わないというわりに、証明書もなにもなかっただろう。客から得た情報を、情報屋に売っているんだ」 「えっ……」 「個人的な怨恨(えんこん)やだれかの秘密は、思わぬかたちで金になるからな。名前を聞かれなかったか?」 「あ、名前を書くところがあった」 「お前の秘密は、もうだれかの手に入っているかもな」  シリルは頭を殴られたような気分になった。道理でおやつが買える値段で悩みを聞いてくれたわけだと、妙に腑に落ちた。シリルの好きだ嫌いだという悩みなど欲しがる人もいないだろうが、グレンの名前まで出してしまった。見知らぬだれかに自分たちの恋愛事情が筒抜けになっているなら、かなり恥ずかしい。頭を抱えていると、グレンが低く呟いた。 「そうだな、領主様もああいった(やから)がいるのは困るだろう。中はどんなようすだった?」 「ええと、ふたつに仕切られてて、僕は右の山羊のおじさんに聞いてもらった」 「山羊だな、じゃあ俺は左だ。……少し行ってくる」 「え、グレン!?」  言い残すと、グレンは悩み相談室に入ってしまった。数分後、戻ってくるとすぐに胸元からメモ帳を取り出し、鉛筆でなにやら書きつけている。覗き込むと、そこには鼠の獣人が描かれていた。 「お前が見たのは山羊だと言ったな。覚えている限りでいい、容姿を細かく話してくれ」 「あ! もしかして、警察に提出するの?」 「そうだ。自然に流れる情報ならまだしも、これは秘密の闇取引だからな。まさかシリルが引っ掛かるとは思わなかった」  またしても穴があったら入りたい気持ちになる。 「ごめん……。でも、なんでグレンは知っていたの?」 「数年前、お前の両親を殺した獣人を調べているときに、偶然見付けたんだ。俺の場合は情報屋のほうから知ったんだが」 「そうだったんだ……」  シリルたちが領主様のところで働きはじめた頃だろうか。そういえば初めて得た給金を、グレンがあっさり数日で使い果たしていたことを思い出した。そのときは、なんて金使いが荒いんだろうと呆れたものだったが。 「……もしかして、だけど。グレンの初任給があっという間になくなったのも、情報屋から買ったからなの?」 「あいつらに頼っても、有益な情報は得られなかった。そんなこと、あのときのお前に言えるわけがないだろう」  グレンが唸る。真犯人とは毎日職場で会っていたというのに、姿が人間だったためシリルもグレンも分からなかった。なんという皮肉だろう。  そして、グレンが陰ながらそんな働きをしていたことに、胸が熱くなる。彼は出会ったときから、シリルの味方をしてくれた。きっと話していないだけで、ほかにもこんなことはたくさんあるのだろう。 「ありがとう、グレン。グレンはなんでも黙ってるから、ほんとうに考えていることが伝わらないんだよ。もっと僕に話して、ね?」  似顔絵を描き終わったグレンの手に、自らのそれを重ねる。無口で控えめな獣人は、少し照れたようだった。 「……だが、性格はすぐには変えられんからなぁ」 「だったら、分からないところや疑問があるところを、僕がしつこく尋ねるから。それならいいでしょう?」 「ああ、大丈夫だ」
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