1.獣人の一家

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「お父さん……」  雪が入ってくるのもそのままに、シリルは玄関の扉を開けたまま呆然と立ちつくした。  その翌日、父は森の奥で喉を喰い千切られた姿で発見された。母に付けられた歯形と一致したことから、犯人は同一の獣人だろう、と葬式のあいだじゅう大人たちが囁いていた。  それから暫くして大勢が集められ山狩りが行われたが、アルファの獣人――おそらく狼型と思われる――の行方は見付からず、三日後打ち切られた。 (アルファの狼型獣人……! 僕がきっと、お父さんとお母さんを殺した奴を見付けてやる)  母を嬲り殺したように残酷な方法で痛めつけ、父を殺したように喉笛を掻き切って殺してやる。父の亡骸を確認したとき、シリルはそう誓った。  シリルは一人で生きて行くのだと、今まで通り山菜やキノコを摘み、慣れない料理をして過ごした。だが、家に一人でいると、死んだ母が使っていた食器や櫛が目に入ってくる。むごい殺されかたをした母の姿を毎晩のように夢に見てしまう。ときには両親を亡くした悲しみで、胸が張り裂けそうになって声を上げて泣き叫んだこともあった。そんな日々が五日ほど過ぎ、朝洗面所で鏡を見ると、笑えるほど目の下が真っ黒で、生気のない姿が映っていた。 「ふ、ふふ……」  ひどい姿だと、自分でもおかしくなった。同時に、こんな目に遭うのは自分一人で充分だと思った。森に潜む狼型獣人を、一刻も早く見つけ出し殺さねば。父の遺品である猟銃に、まだ弾丸が残っていることを確かめるとそれを背負い、玄関へと向かった。父があんなに軽々と持っていた銃は、子供のシリルにはずしりと重く感じられる。扉を開けようとしたとき、ノックがされた。 「マイヤーさんのおうちだね。私はシュレンジャー。領地の管理人をしている。この度は大変な目に遭ったと聞き、お悔やみ申し上げる」  豹の頭を持つ獣人が沈痛な表情で礼をする。アルファを仕留めに行くのだと意気込んでいたシリルは、すっかり出鼻をくじかれてしまった。 「ど、どうも」 「シリル君、この一週間ひとりでつらかっただろう。ここは領地の中でも、子供一人では暮らしにくくて危ないところだ。きみのことが領主様の耳にも届いて、ひどく心配されてね。きみを育てる家庭を募られたんだ。私の家で暮らさないかい?」  灰色のマントを被り、管理人の証であるバッヂを胸に付けている獣人を観察する。感情を抑えた声は信用出来そうだと思えた。 「おじさんの家に……? でも、僕」  背中の銃が一段と重くなった気がする。獣人のアルファを探しに行かなければいけない。今いる森よりもっと奥深くに潜んでいる悪党を裁かねば。 「おじさんはアルファですか。おうちにアルファの人はいますか……?」 「いいや? 私はベータだし、家内も同じだ。子供が一人いるが、まだどちらか分からない。……銃を背負っているね。もしかして、今からご両親の仇を討ちに行くところだった?」 「……っ!」 「悪いことは言わない、やめた方がいい。武器を持った大人が森に入ったが何人も殺されている。ひどく凶暴なアルファらしい」 「でも、ここにいるとお母さんが殺された時を思い出してしまうんです。あいつがいなくなるまで、僕は安心して眠れない」 「きみはご両親に守られ生き残った。きみが大きくなれば、その分犯人に勝てるチャンスが増える。きみが大人になるまで、私たちと一緒に暮らして獣人の弱点を探るといい」 「弱点……」  そんなことを言う獣人に初めて会った。自らの弱みを晒すなんて。  豹型の獣人がしゃがみ込み、シリルと同じ目線になる。近くで見る豹人の瞳は澄んだ薄水色で、よく晴れた空のようだと思った。 「私の子供は獣人だが、歳はきみと同じくらいでね。まるで自分の子が毎晩眠れずに思い余って、仇討かたきうちに行くように見えて放っておけないんだ。銃はしばらく預からせてほしい。きみのような幼い子供が持っていると、殺伐としてつらいんだ。シリル君、私の家は森の入口にあって、領主様の城にも近い。きみが大きくなるまでのあいだだけでいい、一緒に暮らさないか?」  ふわふわとした毛並みを持った右手が遠慮がちに差し出される。シリルはその手を取った。それが今日の昼間の出来事だった。
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