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 半透明な球体はどこまでも上昇する。立ち並ぶビルが落ちた流星群のように光を放って、ネオンの海がずっと向こうまで見渡せる。ゾンビみたいに口から胃液を垂らし、頭の中身をぐらんぐらんさせながら私はガラス張りのエレベーターに揺られていた。 「いつまでついて来んだよ」ギンはポケットに手を突っ込みフーセンガムを膨らましている。 「あんたが・・・現ナマがないっつーからバカ兄貴にタクシー代もらいに行くのよ」 「銭ゲバだね」 「だからそういう問題じゃないっつーの。あんたのバカ弟に付き合わされて散々な目に遭ったって怒鳴りつけてやるから。ついでにシャワーも借りる」 「おー怖い、まるでチンピラだね」 「ウルセエ」  超高層マンションのエレベーターは最上階に着き、奥に小走りで向かったギンは端末を使ってロックを解除した。重そうな自動ドアが開くと靴を脱ぎ捨て「ただいま!」と言いながら家の奥に消えた。あとを追って玄関に入ると、遥か未来に作られたようなシャンデリアとターコイズブルーの大理石に迎えられた。商売が繁盛していらっしゃるようで何より。 「ねねね、兄ちゃん今日またケーサツに追われちった! でね、変なオネーチャンがついて来ちゃったんよ!」  奥でギンが兄に喋りかけているようだった。これだけ聞くとまだまだ子供なんだなって思う。ていうかついて来ちゃったってあたしゃ金魚の糞かよ。 「なんだギン、お客さんがいるのか。ダメじゃないかちゃんとご案内して差し上げないと」  パンプスと足が同化して脱がせないでいる私の元に足音が近づく。また吐きそうでしんどいけど顔上げたら一体どういう教育してんだってあのクソガキのバカ兄貴にぶちまけてやる。  深呼吸をしてせーので上体を起こした私は息の吐き場を見事に失った。 「こんばんわ、いらっしゃい。この度は弟がお世話になりまして。兄のユウです」  この界隈で夜の仕事をしていれば知らない人間はいない。超大型店クラブエルサレムグループ取締役にして現役ナンバーワンホスト、天沢ユウ。通り名は〈新宿の堕天使〉。マイクロチップ商売は裏稼業ってことね。もはやどうでもいいけど。  驚きで腰が抜けそうだった。ラリっていたからかもだけど本気で彼にはこの時羽根が生えて見えた。ひねくれ者の私でも容姿に悪いとこが見当たらない。というかそう思うこともおこがましい、圧倒的な美貌と対峙して眼球が焼け落ちそうだった。汚すぎてこの人の前にいる自分を今すぐ消したい。  玄関を出ようもさっきのオネエバーで食らったやつが平衡感覚を無いものにして私はつんのめった。そこをユウの筋肉質で美しい腕がそっと支え、抱きかかえられてしまう。恥ずかしさで心筋梗塞になりそう。 「大丈夫?」ついでにぎゅっと引き寄せられた。声の甘さに鼓膜が溶ける。 「イチカって言うんだよ! 一緒にケーサツ見つかってかけっこしたんだ。いいやつだよ、今日誕生日なんだって!」ギンの声が奥から聞こえる。あのガキ余計なことを。 「へえそうなんだ。珍しいなギンが気を許すなんて。それじゃあお礼も兼ねてお祝いをしよう」ゴルゴタの民が見たキリストの笑顔はきっとこんなんだったに違いない。 「ダメ・・・私ゴミまみれだしゲロ臭い」ついでにメイクもドロドロ。 「最高じゃん」  芸術と言えるほど端正な顔立ちが目の前にあってめまいがした。「よいしょ」と言ったユウに軽々しくお姫様抱っこされる。巨大な宇宙船のような家の奥へ私は服を一枚ずつ優しく脱がされながら運ばれた。きっと答えは一つなんだろう。いい意味で今日私は死ぬのかもしれない。
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