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その後の僕は、何をしていてもどこにいても、ずっとハルカさんのことを考えてそわそわして、落ち着かなかった。いや、落ち着くことなどできなかった。
時間が経つごとに、興奮と緊張と不安が混ざったようなむず痒い感情が心の中でむくむくと大きくなっていく。
ハルカさんとの約束の時間は、金曜日の夜9時。
ハルカさんは、会うなら夜がいい、そしてできるだけ人がいないところで会いたい、と言った。
だから待ち合わせの場所は、僕がハルカさんと電話をするときに行く、あの人気のない公園にした。
僕の家やホテルなんかだと、少なからず人がいる。
でもあの公園なら、夜になると人通りは全くと言っていいほどない。それに夜の公園で会うなんて、なんだかとてもいけないことをするみたいでドキドキする。
正直ハルカさんがその公園を知っているか不安だったけど、公園の名前を言っただけで分かってくれた。
授業中も登校中も家にいるときでさえ、僕は上の空で、友達にどうしたのと心配される程だった。
でもこうなるのも当たり前だ。
だってだって、あのハルカさんに会えるのだから!他のことに集中するなんてできるわけない。
ハルカさんも僕と同じくらい、楽しみに思ってくれているのだろうか。もしそうなら、それほど嬉しいことはない。
‥いや、もし楽しみに思ってくれていなくてもいい、僕はハルカさんに会えるだけで、もう十分過ぎるのだから。多く望みすぎない方がいい、そう自分に言い聞かせる。
家に帰ったら勉強もせず、男同士のえっちな動画を見て、ハルカさんを気持ちよくできる練習をした。そしてネットでこっそりローションやおもちゃなんかを買ったりもした。使うことがないかもしれないけど、持っていないよりはいい。
そして待ちに待った、そのときは来た。
こんなに時間の進みを遅いと感じた日はない。ああ早く時間よ過ぎてくれと思えば思うほど、時間は進まない。
ハルカさんの声を思い出し、その姿や熱さや視線を想像して、授業中なのに何度も勃ちそうになった。だめだ、ハルカさんと会うまで我慢しないと、と必死で耐えた。
家に帰ってから制服を脱ぎシャワーを浴びて、いつもより念入りに体を洗った。髪を乾かし、普段よりも少しだけ大人っぽくセットした。
9時近くなるまで、カップラーメンを食べながらテレビを見ていたけど、全く内容が入ってこなかった。
そうこうしているうちに、気がつくと八時半になっていた。少し早いかもしれないけど、もう行ってしまおう。
夏の夜は少し涼しい。僕は半袖の上に薄いパーカーを羽織り、リュックを背負って、鏡の前に立った。
鏡の前に立つの、今日で一体何回目だろう。まるで彼氏とデートにいく女の子みたいで、笑ってしまう。
「あら、どこか行くの?」
靴を履き家を出ようとしたとき、飲み会から帰ってきた母さんと玄関で鉢合わせた。
「うん、今日友達の家で勉強するから帰り遅くなるかも。さっきカップラーメン食べたから、夜ご飯要らないよ」
「あら、そうなの。お友だちと勉強だなんて、晶人は偉いわね‥。悠はまたゲームでもしてるのかしら‥」
「さあ、どうだろうね」
今は兄ちゃんのことなんてどうでもいい。母さんの話もどうでもいい。僕はそんなことより、一刻も早く、ハルカさんに会いたい。
「もういかなきゃ。行ってきます!」
「行ってらっしゃい、気を付けてね。」
僕は玄関を出ると、パーカーのポケットに手を入れて、公園へ向かって歩き出した。無意識に早足になってしまう。
心臓の音が頭の中に響く。
不思議な気持ちだ。緊張と期待で胸が張り裂けそうなのに、妙に落ち着いている。
あのハルカさんと会えるなんて。
なんだか夢でも見ているようだ。
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