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 早足というより、ほとんど小走り状態だったと思う。  だから公園にはすぐに着いた。いつもの見慣れた公園の前に立った瞬間、先程までの妙な心の落ち着きが、少しずつ興奮に変わってきた。体も心もソワソワして、いてもたってもいられない。自分の童貞臭さに笑ってしまう。  あぁ、ついに、ハルカさんに会ってしまう。夢が現実になってしまう。    緊張と共に少し切ないような気持ちにまでなってきて、一旦落ち着こうと深呼吸をした。  そのとき、ブブ、とポケットの中に入れてあったスマホのバイブレーションが鳴った。  心臓がドキンと大きく波打つ。  手が震えそうになる。  緊張しすぎだろ、カッコ悪いな、僕。    スマホをポケットから取り出して開くと、やはりハルカさんからのメールだった。 『ハルカ:今、どこですか?』  手の平の汗をパーカーで拭って、返信を打つ。 『アキ:今着きました!ハルカさんは?』   ごく、と生唾を飲み込む。  やばい、どうしよう、緊張で胸が痛い。こんなに余裕ないとか、絶対引かれちゃう。  ブブ、とまたバイブレーションが鳴り、手の中のスマホが揺れる。 『アキ:俺ももう着いてます。公衆トイレの裏にいます』  えっ。  喉がキュ、と締まる。  バイブレーションが、もう一度鳴った。 『ハルカ:公園前の約束だったけど、人が通るかもと思ったら怖くて、ここにいる。ごめん』  僕はスマホを握りしめたまま、公園の端にある公衆トイレの方を振り返った。  いる‥んだ。もうあそこに‥。ハルカさんが‥‥。  僕はリュックを背負いなおすと、公衆トイレに向かってゆっくりと歩き出した。  ジャリ、ジャリ、と靴の下で砂が鳴る。  ドキン  ドキン  心臓の音がうるさい。  今暑いのか、寒いのか、分からない。興奮しているのか、落ち着いているのか、分からない。喉が乾く。背中に汗がつう、と流れる。  ドキン  顔を見たら、なんて言えばいい?  はじめまして?  いや、会うのははじめてだけど、前から知り合ってはいるし、おかしいかな。  じゃあ、こんばんは、かな?  こんばんはって言って、にこって笑う?  何を言っても変な感じがする。  正解がわからない。  ハルカさんは何て返してくれるだろう。  あの、少しハスキーな低い声で、いつものオドオドした拙い口調で、こんばんはって返してくれるだろうか。  チカチカと白い電球が点滅する、少し汚れた公衆トイレを過ぎて、ゆっくりと裏に回る。  トイレの裏側は、雑草がたくさん生えていて、ジメジメしていて、暗い。小さい頃、兄ちゃんとここで団子虫とかミミズを捕まえて遊んだっけ。  トイレの裏に、一人の男がいた。  深く被っているフードで、顔は見えない。夏なのに、長袖の黒いパーカーと黒いズボン。僕よりも少しだけ高い背丈に、服を着ていても分かる、細い体。 「‥‥ハルカさん」  ハルカさんは僕の声にビクッと体を震わせて、静かに僕の方を向いた。  フードが少し持ち上がる。公衆トイレの窓から微かに漏れた光が当たって、ハルカさんの顔が見えた。  睫毛の長い伏せ目がちな瞳、目の下の黒いクマ、病的に白い肌、薄い唇、怯えたような表情 ‥‥そのすべてに見覚えがあった。  昔近所の子供たちに、女みたいだってからかわれてた、繊細なその顔つき。  僕と目が合ったその瞳が、大きく見開く。 「‥ぁ‥‥晶人‥‥‥?」 「兄ちゃん‥‥?!」    ハルカさん、がいるはずのそこには、僕の兄ちゃんが立っていた。
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