日向流霊能術

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日向流霊能術

59f2b79c-8482-41af-ad95-06b8a00ea36d 「随分と魔力の放出量が安定してきましたね」 呪歌の習得訓練中にイオリさんがやっと私を褒めてくれた。 あまり褒めてくれない人から褒められたという事もあって私は結構本気で嬉しくなった。 市販用の『魔眼もどき』をもらって放出した魔力が自分でも見えるようになった所、やっと不安定だった魔力の放出量が安定するようになったのだった。 因みにイオリさんが持っている『魔眼もどき』は完成版で、他人の体内の魔力や魔力回路まで見える高性能な代物。 私に与えられた市販用の簡易版『魔眼もどき』は、他人の体内の魔力回路は見えない。 魔力が集中している『活性化しているチャクラの位置』と『魔力の色』が見えるのみである。 そもそもが『魔眼持ち』と言われる者達の中でも他人の魔力回路まで見えるような高性能な魔眼の持ち主は極めて少ない。 だからこそ『隠れ魔法使い』のような人種が生存していられるのである。 魔道具によって体内の魔力回路が誰にでも見えるようになれば、魔女狩りさながらに『隠れ魔法使い狩り』が始まる可能性がある。 『隠れ魔法使い』である貴族達は『王族に対する叛意あり』と見做されて処刑されるか、もしくは喉を潰され、ただの『魔力持ち』にされて一生飼い殺しにされる事になる。 そんな危ない品物を商品として流通させる訳にもいかないので 簡易版のみが商品化され、完成版は試作品のみがイオリさんの手元に残ったのみで、開発に関する資料から何から廃棄処分にされている。 「マツリさんも放出した魔力で対象を包む操作が上手になりましたし、二人とも飲み込みが早いので驚きました。 今までも数人に呪歌を教えましたが、結局ものにならなかった人達もいました。 お二人は『素養がある』のでしょう」 「メレムタさんはともかくとして、マツリさんは地球で霊能や呪術や何かに関わってた経験がお有りですか?」 イオリさんが茉莉の地球での生活に関して何気なく聞き込みを開始すると 「ええ。私自身が、という訳ではありませんが。母が『ヒマワリ会』という宗教にハマってまして、姉は『日向流霊能術』の霊能者さんに弟子入りしています」 「私も高校を卒業したら『日向流霊能術』の霊能者さんにーー日向葵(ひゅうがあおい)先生の実子の日向雨(ひゅうがあめ)さんに弟子入りをしたいと考えてました」 と、何を隠すでもなく素直に答えてくれた…。 ーー途端に私は噎せた。 いったん咳が出だすと止まらなくなって涙目になってしまった…。 「成る程。日向流霊能術ですか…」 と、イオリさんが意味あり気な視線を向けてきた。 「メレムタさん、大丈夫ですか?」 茉莉が心配そうに訊いてくる背後では イオリさんがニヤニヤ笑いながら私を見下ろしていた。 「『釈迦といふいたずらものが世にいでておほくの人をまよはするかな』」 イオリさんがそう言ったので私は少し不機嫌になって 「一休道歌ですね」 と相槌を打った。 「良かれと思って道を説くと逆に多くの人が道に迷う、という事ですね?」 茉莉が意味を尋ねた。 …しかし腑に落ちない。 私が考え込むとイオリさんと茉莉がこちらを観察するように見遣った。 「あの、メレムタさん?どうなさったんでしょうか?」 と、茉莉が尋ね 「メレムタさん、何を考えてらっしゃるの?」 と、イオリさんも重ねて尋ねた。 「いえ、大した事ではないのですが。マツリさんは苗字を〈蘇芳〉と名乗られたでしょう?だけど子供を弟子入りさせるようなヒマワリ会の幹部に〈蘇芳〉さんなんて人は居なかったと思いまして…」 と、私がヒマワリ会の内部事情に関する発言をした。 「あの、もしかして、メレムタさんは前世でヒマワリ会の関係者だったんですか?」 茉莉が恐る恐る尋ねたので イオリさんが堪え切れなくなったかのようにクスクスと笑い出した。 人の悪いイオリさんをジト目で見遣り ばつが悪い思いをしながら 「はい。私の前世は、ヒマワリ会の初代会長の日向照(ひゅうがてる)と申します。メディア露出する時にはペンネーム兼芸名の『日向葵(ひゅうがあおい)』と名乗っていました」 とカミングアウトしたのだがーー ーー途端に 茉莉の体がその場で崩れ落ちた。 驚愕のあまり気絶したようだった…。 ************* 茉莉を医務室に運んだ後… イオリさんが 「アイル様に報告しておいた方が良いかも知れませんね」 と言い出した。 (まあ、確かに向こうの世界で縁者だった人が偶然こうやって目の前に現れる確率なんてほぼゼロに等しい筈だし…。『偶然じゃない』のだとしたら、やっぱり報告しておくべき案件なんだろうな) と、私も思わざるを得なかった。 そうしてアイル叔父さんの執務室に向かう事になったのだが…。 丁度ガーマールとサークダが叔父の執務室に向かっている所に行き当たった。 サークダが私を見る目がやや険を含んでいるようにも感じたので ((もしや…)) と、思い当たってしまった。 「アイル様への報告なら、どうせなら一緒に行きましょうか?マツリさんの事なら、此方でも判った事がありますから」 と、イオリさんが声を掛けると サークダが 「そうですね。同じ件かも知れませんね…」 と憮然として言った。 しかし執務室に着いてみると誰もいない。 応接室の方から秘書のハローンが出てきて 「ただいま取り込み中でして…」 と歯切れの悪い言い方をした。 来客のようだが今日来客があるなどという話をアイル叔父さんは何も言ってなかった。 (誰か急に押し掛けて来たって事なのかな?) と思ってイオリさんと顔を見合わせた。 「お客様でいらっしゃるのなら、私もご挨拶をさせていただきます」 と、イオリさんが言うと 「いえ、それが。お見えになられてるお客様はジット公爵でして…」 と、ハローンが困ったような顔をした…。 ジット公爵はーー アイル叔父さんの第一夫人ライラの父親である。 ーーといってもそれは表向きの事情である。 ライラはジット公爵の第一夫人アナイスが、ジット公爵家に嫁いで来る時には既に身篭っていた不義の子である。 アナイスは元々はヘーガーラシュ公爵家の縁戚の娘で、両親を亡くしてヘーガーラシュ公爵家に養女として入っていた。 当時のヘーガーラシュ公爵である養父の「実質的愛人」として過ごしていたのだが… 当時のヘーガーラシュ公爵は相当に腹黒くて、ジット公爵家を乗っ取る事を考えアナイスとジット公爵とを婚約させた。 そしてアナイスに自分の子供を孕ませると直ぐにジット公爵家に嫁がせて 自分の実子を次のジット公爵の座に就けようと目論んだのだった。 ーーが ヘレス・ジット公爵の方も、そうした目論見に全く気付かない程のお人好しでも無かった。 アナイスには全く愛情を持たず仮面夫婦という立場を通していて、恋愛結婚で平民出の女性を第二夫人に迎えている。 しかし愛妻である第二夫人との間に子供が出来ない。 このままではアナイスが生んだ浮気相手との間の長男を後継者にしなければならなくなる。 そうした苛立ち・腹立ちもあるのだろうが… ジット公爵はライラとアイル叔父さんを婚約させた後、ライラに手を出すようになった。 そしてライラに自分の子供を孕ませると直ぐに叔父の元へ嫁がせたのだった…。 自分が義父からやられた仕打ちを義理の息子へとやる。 そうした『倒錯した報復』によって ライラはラーヘルへと送り込まれて来てロニセラという女の子を出産した。 アナイスとジット公爵が仮面夫婦であるように、ライラとアイル叔父さんも仮面夫婦である。 互いに愛情らしきものは欠片も見出していない。 ライラはラーヘルに来るなり贅沢三昧で、アイル叔父さんの金で次々と買い物に明け暮れている。 そのくせ乳兄弟の男(乳母の息子)に入れあげていて「運命の恋人」だとでも思っている様子だ。 半ば堂々とその男を寝台に引き込んでいて、今度はその間男の胤で子供を妊娠している。 叔父としてはライラの事は「ゴキブリみたいな女」だと思っていて 「そういう奴がこの城に居たなぁ」と思い出すだけで不愉快になる様子だった。 ヘレス・ジット公爵とアイル・ゲフェン・ラーヘル辺境伯は共に隠れ魔法使いであり 「ゴキブリみたいな女」を第一夫人としていて不快さに耐えながら暮らしている訳だが。 二人には決定的な違いがあった。 かたや恋愛結婚した相手が「平民出の女」で、なかなか自分の子が出来ない。 かたや恋愛結婚した相手が「魔法使いの女」で、早速自分の子が妊娠してくれた。 ヘレス・ジット公爵としては面白くない。 嫌がらせで嫁がせたライラと、自分の孫という名目の自分の実子に会いに ラーヘルへとアポ無しでやって来たようだった…。 秘書のハローンは勿論 ガーマールもサークダも、 (叔父の側近達は全員) ライラの産んだ子が叔父の胤ではない事も、それがジット公爵の胤である事も知っている。 イオリさんもそうした事情を知っているのでコッソリと虫型使い魔を透明化させて応接室へと潜り込ませ、中の様子を探らせる事にしたのだった…。 そしてすぐさま私、イオリさん、ガーマール、サークダの四人で 「お客様がお帰りになり次第アイル様にお話しがありますので執務室で待たせていただきます」 といって執務室に入った。 そしてイオリさんは【月影の書】の画面にリアルタイムで応接室に潜り込ませた使い魔の監視カメラ映像を反映させた。 「成る程。いつもこんな感じで我々も監視されてるんですね…」 と、サークダが何気に聞き捨てならない事を言ったので イオリさんは優しく 「『監視』ではありません。『見守り』です。今もアイル様の身に何かあってはならないという気持ちで見守っているのです。 ついでにジット公爵を自滅に追いやるネタを何か掴めないだろうか?という算段もありますが、全てはアイル様の御為(おんため)」 と言ってニコリと微笑んだ。 イオリさんの目が笑ってない微笑みを見ると… サークダだけでなく私もガーマールも、背中を冷たいものが伝う感覚が起こった。 「「「そうなんですね…」」」 納得した訳ではないが納得しているフリをしてから 皆で画面の中のアイル叔父さんとジット公爵を見詰めたのだった…。
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