陰謀

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陰謀

「ライラとロニセラの部屋の調度品が余りにも豪華で驚いたよ」 と、画面の中のジット公爵が朗らかに宣うている。 「そうですか。妻が夫に何の相談もなく勝手に購入したものとは言え、夫としては支払わない訳にもいかないので、私が購入した事になってますが、私としては調度品やら何やらは過剰装飾気味の豪華な品よりも機能性重視で選びたいところですね」 アイル叔父さんが何気なく嫌味を含んだ言葉を返したが 「いやいや、女子供には機能性重視云々の良さは分からないだろうし、そうした男性の価値観を押し付けるものではないよ」 ジット公爵が嫌味をサラリとかわした。 「ほお?ジット公爵は懐が深いのですね。ジット公爵の第一夫人アナイス様もやはり嫁いで来られて一年程の間に白金貨150枚程の大金を使って調度品や衣装類を整えられた、という事なのでしょうか。流石ですね。金のかかる女に寛容である事が男のステータスという訳ですね?」 叔父が目が笑ってない笑顔で言うと 「私としてはライラにはちゃんと躾をしてきたつもりだったのだがね。アナイスも乳母のマグナーリャもライラに甘くてね。私一人の力では常識というものを教え込んでやれなかったのは悔やまれるよ」 と、ジット公爵が本当にライラの浪費癖に関して申し訳なく思っているような顔をした。 「持参金もまだ支払って頂いておりませんし、ライラが買い物に使った金額の半分は今後はそちらに請求するように業者に依頼するつもりでおりますが、宜しいですか?」 叔父が淡々と告げると 「いや、それは困るよ。アレは私の娘といっても、既に君の妻だ。もはやジット家の人間ではない。君の方で手綱を握って道を踏み誤らぬように導いてやってくれないと、私の方では責任を負いかねるよ」 ジット公爵は金を出す気は無いようだ。 「本当にムカつくクソ親父ですね」 イオリさんが画面の中のジット公爵を見ながら悪態をつく。 「ガーマールさん、こっそり応接室に入り込んでジット公爵の思考を読んで来てくれませんか?」 と、私はガーマールにお願いしてみた。 「それで何か判るなら行くが、見込みがありそうなんですか?」 ガーマールが尋ねた。 イオリさんが私の返事を待たずに亜空間収納庫から[擬態隠蔽]マントを取り出す。 私は 「公爵は調度品が豪華だ何だと話してる時には涎を垂らさんばかりの様子で、お義父様(とうさま)が金の請求をすると言うと本当に焦ってる様子だったでしょう? 何だかお金に困ってる人みたいに見えるんですよ。金策として何か悪い事を考えてなければ良いんですけど…」 と答えた。 ガーマールが私の言葉に頷くと イオリさんはガーマールの手に[擬態隠蔽]マントを手渡した。 「バレないとは思いますが、万が一バレた時が面倒ですから護衛にルビーを付けます。 あの公爵、弱そうに見えて『隠れ魔法使い』ですし、懐柔しきれてないシュタウフェン派ですから」 そう言ってイオリさんはガーマールに(いたち)型の使い魔を付けた。 『ルビー』という名の鼬型の使い魔。 この使い魔は『鎌鼬(かまいたち)』という名の、真空の刃で凡ゆるものを斬り裂く技を使うのだが。 その他にも『情報共有波』で非友好的な相手を『仮性眷属化』させる特技も持つ。 人間のような自分よりも大きな身体の生き物を『眷属化』する場合、効果が数日しか保たないので『仮性眷属化』である。 それでも『仮性眷属化』している間に暗示を施せば大抵の事には片がつくのでイオリさんはこの使い魔を重宝しているのである。 (ジット公爵がこちらをカモろうとしてるかもなんて、そんな心配は杞憂であって欲しいんだけど…) 私は嫌な予感を内心で否定しようとしながら、ガーマールが執務室を出て行くのを見送り、再び画面に見入った。 画面の中のジット公爵と叔父は淡々と会話を続けていた。 どうやらジット公爵の話が本題に入った様子で 「貴族街にあるジット公爵邸で開催する夜会に、ライラとロニセラを連れて参加して欲しい」 と言い出した。 ライラにも話を通していて彼女は喜んで参加すると言っていると そう付け加えた。 若夫婦の仲睦まじい様子を客達にも見てもらって、ジット公爵とラーヘル辺境伯の絆が磐石である事を改めて周知させたい との事だった…。 「なんでしょう…。私、あの場に居なくて良かったと思います。軽く殺意を覚えました」 イオリさんが言うと 「私もです」 サークダも同意したので 「まあまあ、お二人とも落ち着いて」 と、私は二人を宥めた。 「スケジュールの調整が必要になるので、この場で参加するとお約束は出来かねますが、善処しましょう…」 叔父がグッと堪えた感情を呑み込んだかのように暫しの間俯いて 顔を上げると共に深く鼻で息を吐きながら返事をした…。 (うわぁ〜、怒ってる。そりゃ怒るよね) 私も皆も腹を立ててるので 叔父が怒りを堪えながらジット公爵の相手をしているのがしみじみとよく判るのだ。 ジット公爵が自分の用件を伝えて安心して席を立って帰って行くと 覗きをしていた私達は盛大に (((はぁぁぁ〜っっ))) と溜息を吐いた。 ジット公爵が応接室を出た後、 給湯室から応接室に潜り込んでいたガーマールが[擬態隠蔽]マントを脱いで、叔父に何か話しかけていた。 小声過ぎて私には何が話されてるのか判らなかったが、イオリさんとサークダはガーマールと叔父の唇を読んで、会話を把握しているようだった。 画面の中の会話には秘書のハローンも混じって、そこで話が煮詰められていった。 するとフッと イオリさんが鼻から息を吐いた。 「お義父様(とうさま)達は何を話してらっしゃるんですか?」 私が尋ねると 「執務室にお戻りになられたらお話くださると思うのですが、そうですね。 …メレムタさんが指摘したようにジット公爵はお金に困っておいでのようです。 それでアイル様を亡き者にしてロニセラさんの後見人としてラーヘル砦に乗り込みラーヘル辺境伯の資産を自分の好きにしようと目論んでらっしゃいます。 その為にシュタウフェンの地下組織と連絡を取っています。 因みに私が産む子が男の子だとロニセラに婿を取らせて自分が後見人として振る舞う計画が崩れるので、この私の事も始末するつもりのようです」 イオリさんが静かに殺意を湛えたような目で微笑むと、私はゾッとしてしまい、思わず目を逸らした。 「良かったですね。サークダさん。早速洗脳術が必要な筋金入りの悪党が見つかりましたよ?」 と、イオリさんが言うと サークダも殺意を湛えた目で微笑みながらゆっくりと頷いた…。 (ジット公爵がどんな地下組織を雇ったのかは判らないけど、こちらが大人しくカモられるだなどと考えるような人なのだとしたら、実は相当にオメデタイ人なんじゃないのかな?) と、私は逆にジット公爵の身を心配したのだった…。 *************** 茉莉が「私(メレムタ)が前世で創り出した宗教の敬虔なる信者」なのだという話は一応アイル叔父さんに報告された。 しかしそれを叔父に報告しようと思っていた当初にあったインパクトは既に消え失せていた。 ジット公爵の思考と記憶を読んだガーマールから「ジット公爵がラーヘル辺境伯の資産を狙って、アイル様とイオ夫人を亡き者にしようと目論んでいる」という告発が為されたことで、皆の念頭には 「返り討ちに遭わせてやる!」 という意志が刻み込まれてしまったからだ。 なので「茉莉の転移は偶然ではないのかも知れない」といった杞憂は、その後の私達の話し合いには出てこずに… シュタウフェンの地下組織に関する情報のやり取りが話し合いのメインになった。 シュタウフェンの地下組織の有名どころは『ワルプルギス』という組織なのだそうだ。 しかしその『ワルプルギス』は必ずメンバーが派遣されて来るとは限らない。 『太陽(ディー・ゾンネ)』という「金さえ貰えば何でも請け負う何でも屋」のような組織をアウトソーシングで利用する事も多いのだという。 敵がどうしかけてくるのか、いつ仕掛けてくるのか… そういった情報を探り出すために使い魔がジット公爵やシュタウフェン派の貴族やアメリア国(シュタウフェンの属国)の貴族達の元へと送り出されることが決まったのだった…。
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