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前世での初恋
私は茉莉がヒマワリ会の事を口にしたことによって、前世のことを必然的に思い出していた。
(本当は初めから予感していたのかも知れない…。彼女がセーラー服姿で現れた時から…。あの人を連想してしまう雰囲気を持っていたことから…)
自分が様々な『思い残し』や『やり残し』があるまま、【地球世界】から去って、此方に転生してしまっている事に、本当は気付いていたのだ…。
私の前世ーー
ヒマワリ会という名称の宗教団体の初代会長である日向照。
私は、とある山間部にある落ち武者の子孫達が住まう村に生まれた。
母親は私が赤ん坊の時に、父親と私を捨てて出て行ってしまっている。
彼女は実家に戻った後は見合いで再婚し、新しい家庭を築いていた。
そんな感じで私は完全に母親から見捨てられ切り捨てられた子供だった。
しかし父親の晃一と二人暮しの私の家からは女っ気が途絶えたことはなかった。
近所のおばちゃん達や
近所のお姉さんが
しょっちょう我が家にやってきて、あれこれと世話を焼いてくれていた。
その近所のお姉さん。
日向時雨を私は本当の姉のように慕っていた。
時雨は怪談話が好きで様々な怖い話を私が物心つく前から教えてくれていた。
時折、父の部屋から聞こえてくる物音、荒々しい息遣い、呻くような囁くような声。
そういったものに関しても
「この村は落ち武者達が逃げ延びてきて作った村だから、偶に村の人達は怨霊に憑かれて暴れるの。
村よりもずっと山奥に入っていった古い集落跡には埋蔵金があるって話だしね。
主君を見限って、主君の金を持ち逃げしてきたのが、この村人達の先祖だから本当は村人皆が呪われてるのよ」
と語って聞かせてくれた。
なので私の中では夜の世界は
(或いは昼でも暗がりは)
「魑魅魍魎が跳梁跋扈する不思議空間」なのだと認識されていた。
そんな或る日のこと。
就寝中に人の気配を感じて目覚めた。
不意に視界の端に違和感のあるものを捉え、部屋の隅に目をやると、『足の生えた目玉』のような蜘蛛が壁に張り付いていた…。
(世の中にはこんな蜘蛛も居たのか…)
と、気味悪く思いながらも
それが本当は蜘蛛ではないという可能性についてなど全く考えもせずにジッと見詰めた。
すると突然、その目玉模様の蜘蛛が私に向かって飛びかかって来た。
思わず手で払いのけようとしたし、確かに払ったと思うのだが…
その蜘蛛は私に触れたかと思うと私の手をすり抜けたかのように何の手応えも残さずに掻き消えてしまった…。
それからなのだ。
私が様々な奇怪なものを目撃するようになったのは。
「あの目玉の蜘蛛が自分の中に入って、それで自分に常ならぬ視覚を齎しているのだろうか?」
といったことを推理することはあったが、それならどうすれば元に戻れるのか?に関しては全く見当がつかないのだった…。
その後の私は「自分には他の人達には見えていないものが見える」という事を父親と時雨にだけは話していた。
何かあればすぐに二人に話すようにしていた。
時雨は我が家にしょっちゅう出入りしていたし、何の不都合も無かった。
ずっとその状態が続くものだと無邪気に考えていた。
だけど私が11歳の時。
7つ歳上の時雨は18歳で高校の卒業を間近に控えていた。
時雨はかねてより
「高校卒業後は村を出て行く」
と言っていた。
私はそれを知った時は泣きじゃくり、必死に思い直してもらおうとした。
だけど時雨の決意は固くて、時雨は考えを変えることは無かった。
なので私は時雨がまだ村に居る間に存分に甘えておこうと思い、それまで以上に時雨に付き纏って構ってもらおうとしていた。
時雨がじきに村を出て行く事になっている、そんな或る日の事。
私は時雨の声が階下から聞こえた気がした。
「時雨姉ちゃん?」
父親の寝室となっている仏間から時雨の声が聞こえたような気がしたのだ。
父親の声も聞こえていたが
(あの声は怨霊に憑かれて暴れてる時の声だ)
と思った。
「怨霊に憑かれてる時の人の声が聞こえても、絶対に観てはいけないの。自分も怨霊に憑かれるからね」
時雨からそう言いくるめられていたのだが…
それでもどうしても気になった。
「怨霊に憑かれた女の声」が「時雨の声」のように思えたからだ…。
動悸が激しくなり
嫌な予感がした。
それでも自分はまやかしではない真実に本当は気付いていて、ずっと自分を誤魔化して、真実に気付かないフリをしていたのだという事が判っていた。
覗くまでもなかった。
だが覗いた。
裸で獣のようにもつれあっている
父と時雨の姿を
私は襖の隙間から見詰めた…。
母親が村から逃げ出す筈である。
この村の人達は自分の欲望に正直に生きている。
過疎がちの一部の農村で根付いていた「夜這い」という文化が未だ残っている村だったのだ。
私だって本当に父の晃一の胤かどうか分かったものではない。
夜陰に紛れて母の元に夜這いしてきた男の胤かも知れないのだ。
逃げ出す際にそんな子供を連れて行く筈もない。
近所の女達が家にしょっちょう出入りする筈だ。
晃一は村一番の男前だ。
(何が怨霊だ!!!)
私はボロボロと涙を零しながら
ノコノコと自分の部屋へ戻った。
そして先程の父親と時雨の姿を思い返しながら自分の性器をいじって自分を慰めた。
「怨霊に憑かれてる人の姿を観ると自分も怨霊に憑かれる」
と時雨は言っていたのだが、その言葉の通りに自分も憑かれた。
時雨が村を出て行った後も私が自慰する時には、いつも脳裏には時雨の姿があった…。
ずっと後年になって父親の晃一に訊いた事がある。
「時雨さんと再婚しようと思ったことは無かったの?」と。
晃一に言わせれば時雨との再婚は理想的だった。
元々村の娘なのだからこの村がどういう所なのかを知っている。
なので「一緒にならないか?」と何度となく結婚を仄めかしたのだが
「私は私だけを必要としてくれる人と結婚したいの」
と言われて断られていた…。
時雨はその後
「彼女を必要とする」ような駄目男に捕まってしまっていた。
彼女の夫は酒乱の博打打ちで、彼女に暴力を振るうようなどうしようもない男だったらしい。
それでも「お前がいなければ俺は駄目なんだ。お前がいなければ生きられないんだ」という口説き文句で彼女を説き伏せては、実家に逃げ帰ってきた彼女を連れて戻っていく、という事を繰り返していたらしい。
時雨には娘が一人いたが、その子供が障害児だった事も関係しているのだろう。
彼女は彼女の望み通りに「彼女がいなければ生きていけない人間」を家族として暮らしたのだ。
(それで満足していたのだろう…)と
私はそう思っていた…。
だが父親の晃一が死んで葬儀の為に村を訪れた際に、彼女が未だ上がっていないのを感じた。
ふと気付いたのだ。
彼女は本当に「自分のことだけを必要としている相手」を求めていたのだろうか?と。
それは誰でも良かったという訳ではない。
単に「晃一さんに私の事だけを必要として欲しい」という、愛の告白だったのではないかと…。
それなのに彼女は、自分自身の願いさえも自分自身で見誤り
本当に望んだ事とは全く異なる方向へと、自分の人生を向かわせていったのではないかと…。
ーーそう考えた時に
私の身体はガタガタガタガタと震えた。
いつの間にか私の中に入り込んでいた時雨の魂が、その思考に反応したのだ。
そして晃一の周りにしがみ付いていた時雨の霊も、私の中に在った時雨の魂に反応した。
ブワッとーー
深い海の底で重たい筈のものが動き、中に閉じ込められていた空気が一斉に泡となって上へ上へとあがっていく。
そんな感じが私の中で起きた…。
『自分自身の想いを見誤る』。
それが狂気の源。
それが『混沌』の源。
長い間ーー
時雨はそうした狂気の中にいて
私が彼女の『本当の想い』を看破した事によって
やっとあがったのだ…。
それが逆算するなら
丁度18年ほど前の事。
茉莉が時雨の生まれ変わりだったとしても不思議ではない…。
私は医務室のベッドで眠っている茉莉の幸せそうな寝顔を見ながら
そっと溜息を吐いたのだった…。
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