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腹黒さ
ジット公爵が仕掛けてくるのは晩秋にハラム平原で行われる選抜騎士達による合同演習&武闘大会の開催期間中か…
もしくは冬本番に入ってから行われるラーヘルとエシュテモの国属騎士の入れ替えに伴う騎士達の移動期間中だと判明した。
具体的な日時は今後も続く監視によって、ジット公爵とそのシンパが自ら墓穴を掘る形で明らかになる事だろう。
どうやらそうした催し物の間は騎士の数が若干減るのでそれが狙い目だと考えているらしいのだが…
(それにしてもジット公爵って、やっぱり馬鹿なんだろうなぁ)
と思ってしまった。
騎士達の合同演習&武闘大会にしても国属騎士の入れ替えの移動期間にしても、確かに騎士の人数は減る。
武闘大会では怪我人が出る事も想定して魔法使いも派遣される。
だけど数日のうちにシュバ国までの交易路の除草作業&大物魔物の間引きを終えて竜騎士3名が帰還するのだ。
竜騎士という人間離れした生き物達に関して少しでも知識がある者ならラーヘル所属の竜騎士4名全員が不在だった時期に事を起こしている筈だろう…。
(竜騎士4名全員が不在だった時期は金に困って無かった?って事なのか?それとも事を起こしていて失敗しているのか?)
訝しく思い、叔父に尋ねてみると
竜騎士4名全員が不在だった時期、まさに事件は起きていた。
(私が気づいてなかっただけで)
その時の実行犯がブランブル、ゲミエナー、フリクスの3名で、ブランブルは人外境で魔物に襲われて死亡している。
その実行犯3名を操っていたのがバーレケト・タアム男爵。
そしてバーレケト・タアムに後ろ暗い仕事を任せてシュタウフェン派を率いていたのがアブドゥーニ・ミグジル公爵とヘレス・ジット公爵。
タアム男爵は散々汚い仕事をやらされたゲミエナーによる復讐で死亡。
ミグジル公爵の方は既に自我の上書きが為されて眷属化しているのだという。
「その時にヘレス・ジット公爵も眷属化しておけば良かったんじゃないですか?」
と訊いてみると
「イオの話だと、魔法使いや精神干渉に耐性のある者は抵抗が大きいので魂の粒子を削ってやらないと自我の上書きが進まないらしい。
余りにも強情な奴だと削り過ぎて殺してしまいかねないから極力やりたくないそうだ…」
叔父が肩をすくめて答えた。
***************
アイル叔父さんの第一夫人であるライラと、第二夫人であるフィオナが浮気相手を寝台に引っ張り込んでいる。
という事実は城で暮らす多くの者達にとっては暗黙の了解として知られている。
大っぴらに口に出す者もあまり無いが多くの者達は彼女達の浮気相手が誰なのか、という事まで承知している。
ライラが乳兄弟(乳母の息子)に入れあげていることは直ぐに知れ渡ったし
フィオナの弟のアラント・カルターリが重症のシスコンだという事も皆が知っている。
フィオナが嫁いで来たばかりの頃。
初めの二週間はアイル叔父さんも普通に新婚夫婦のようにフィオナの相手をしていた。
その頃にフィオナは優しくて金持ちの美貌の夫に骨抜きにされてしまっていた。
なのに新婚二週間ほどで完全に飽きられてしまい、ひたすら放置され続けた。
そうなると当然自分の何がいけなかったのだろうかと考え込んでは鬱ぎ込むようになった。
アラントがフィオナの鬱ぎ込む様子を心配して、何度となく叔父の元に苦情を申し立てに行っていたが
「夫婦の問題だ」
と、すげなくあしらわれるだけだった。
一度、苦情を申し立てている時に
イオリさんが来た事があったらしく
(この女が義兄を誑し込んで姉に辛い思いをさせているのだ)
とアラントが八つ当たりで辛辣な嫌味を宣うたらしい。
「お前みたいなシスコンの童貞にウダウダ言われる筋合い無いわ!黙ってろ!このチンカス塗れの包茎が!」
とイオリさんが罵ったとかで
アラントはカッとなってイオリさんを攻撃魔法で殺そうとした。
といった事もあったのだとか…。
しかし勿論、散々悪党共と渡り合ってきたイオリさんにアラントの攻撃が通じる筈もなかった…。
その後アラントは「下品な女魔法使いに夫を盗られた憐れな姉」の元に入り浸るようになってしまった…。
昔から仲の良い姉弟だったのだが…
同じ父親の胤から産まれた異母姉弟だと言っても、アラントのように執拗に姉に拘る男は、倒錯した性癖を持っていたのだろう。
フィオナの方も新婚時に身体に叩き込まれた快楽が忘れられなくて度々自慰行為に耽るようになっていた事もあり…
二人は欲望に堕ちたーー。
そういったフィオナとアラントの関係(近親相姦)に対して城の住人達は皆、眉を潜める。
だけど私としては何故か「解る気がする」のだ。
前世で「姉同然に思っていた女性」がある時点から「性欲の対象」になっていた。
倒錯した狂おしい混沌的な情動、衝動。
そういったものが身に覚えがあるからだ。
**************
「とても残念です。アラントさんがジット公爵と共にお義父様とお義母様の命を狙っていたなんて…」
私は呟いた…。
「向こうは人妻に手を出しているのみならず、しかも近親相姦だし。
監視カメラ映像の録画もバッチリあるし、弱味を握られてる自覚があるのなら、普通は大人しくしておくべきものなんだけどね。
ベン(アラント)は根っからの馬鹿だから、見通しが甘いし、頭悪過ぎて自己中な世界観を改善出来なかったのよね…」
イオリさんが溜息を吐きつつ言った。
「今夜のジット公爵主催の夜会には、私はホデシュ様と共にアイル様の護衛として参加する事になってます。
それと同時に客に見世物を披露して、ついでにライラさんとフィオナさんの不義も暴露するという役目もあります。
アメリア国の魔法使い達の中にはシュタウフェン国に通じている者達も、アラントに忠実な手下も紛れ込んでいます。
そういった者達が夜会の時間に同時多発的に動きを見せる可能性もありますので、注意しておいてください。
昨夜、人外境から交易路整備のメンバー達が任務を終えて帰還しています。
ハーダル様、ザクルムさん、バルアシフさんがお戻りですので、夜の間、城の警備をお任せしてあります。
ハーダル様のお姿を見かけてもはしゃいでお仕事のお邪魔にならないように気をつけてくださいね」
イオリさんが私の顔を覗き込みながら念を押すように言った。
「それ、私よりもリンタロウさんに言った方が良いと思いますよ?私は時と場合をちゃんと弁える分別はありますから」
私は少し不機嫌になって言った。
「そうでしたね。メレムタさんももう6歳ですからね」
イオリさんはクスッと笑った。
私は自分自身の事に関してはあまり心配はしていなかった。
何せ自分はジット公爵達から見て『ロニセラの婿候補』だし
見た目の幼さと愛くるしさに騙されて『簡単に懐柔できる筈』だと思われているだろうから。
寧ろ…
(アメリア国の魔法使い達の中に『ワルプルギス』の者や『太陽』の者やカルターリ家の使用人が混じっていた事を考えると、親しくなって油断してる大人達の方が余程危なっかしい気がする…)
今回人外境の拝領の間で魔法行使媒体を授かった魔法使い達
マリナ
トオル
サツキ
マサムネ
ロバート
ナビー。
そして引率者である魔法使いのミツヒデ。
この中で
ミツヒデと
ロバートは『ワルプルギス』。
トオルと
サツキは『太陽』。
マリナはカルターリ家に所属している事が判明している。
マサムネとナビー以外は裏があり、腹に一物抱えていたのだ。
証拠映像もある。
以前は隠し部屋に篭られると中の様子が判らずに、盗撮も出来なかったのだが現在では隠し部屋を含めて「盗撮出来ない場所は殆どない」という程にラーヘルの監視技術は進歩している。
ラーヘルの魔法使い達も魔力持ち達も
アメリア国の魔法使い達と親交を深めてしまっているので
「実は彼らの正体は…」
と伝えると皆かなり動揺するだろう。
(潜入者って本当に卑怯だなぁ、ってこういう時に思うんだよね。平和ボケしてて警戒心を緩めている人達の中に入り込んで友人みたいに振る舞いながら、その実悪巧みをしているんだから…)
私はマサムネとナビー以外のアメリア魔法使い達に対して嫌悪感を感じてしまった。
(あの子もーー茉莉も、随分とミツヒデとマリナに気を許してたし。…知れば傷つくんじゃないのかな…)
茉莉には前世の記憶などといったものは無い筈。
それは茉莉と共に「平民の魔力持ち」として砦で働いているミリヤームやユリアーも同様だ。
基本的に前世の記憶が無い普通の人達は今世で体験した分でしか物事を考えられない。
人間というもの
人生というものを
大して知らないのだ。
世の中には「初めから欺く目的で親しげに近づいて来る」ような人間もいる。
しかしそうでない人間もいる。
誠実な相手には誠実さを返し
不誠実な相手には不誠実を返す。
陰湿な罠を仕掛ける相手には
更に上をいく陰湿な罠を仕掛け返す。
そういった『好意の返報性』や『反射迎撃』を適切に行うことが社会的に必要なのだが。
結局のところ
不誠実な相手に不誠実さを返す事や
陰湿な罠を仕掛ける相手に更に上をいく陰湿な罠を仕掛け返す事は
普段から性善説的な思考をしている人達では上手く対処は出来ない。
性善説的な人間は欺かれ利用されたことを自覚すると無駄に感情的になって後手に回ることになる。
なので初めから「想定しておく」ことと。
普段から「如何にして他人の発想の裏をかいて欺くか?」といった悪党の思考を「別人格に考えさせておく」ような、そうした準備が必要である。
気をつけるべきは
そういった悪党に対処する際に必要になる悪党思考を「普通の人達を欺くために悪用しないこと」だろう。
おそらく悪党思考をすることはそれ自体が罪深い。
しかし必要悪として「悪党の目論見を先読みして、悪党を抑圧・牽制する為に、悪党思考をする」のであれば、それは「多様な物の見方を実践的に体験する」という事に繋がる。
賢くなれるのだ…。
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