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使い潰される人間
実は人生には偶然などというものは一切なく、人の人生は因果応報やカルマや固定観念等によって
実はかなり細かくデザインされているのではないかと、そう感じることがある。
まるで遺伝子が人の肉体を創っているかのように…。
そして人間が生きている間に考えることさえも、儚く泡のように消えて無くなってくれるようなものではなく
掲示板に書いた文字のように
「誰かが消して上書きするまでずっと残り続ける」
ものなのかも知れないのだ。
***************
ラーヘル専属魔法使いは
ダマー、
アデレート、
イオリさん、
リンタロウ、
の4名。
御礼奉公期間中のラーヘル所属魔法使いはケイ、レオンの2名。
ラーヘル組の魔法使いは6名なのに対して…
ラーヘルに潜り込んでいるアンチ・ラーヘルの魔法使いは
ミツヒデ、
ロバート、
トオル、
サツキ、
マリナ、
に加えて
アラント・カルターリ公爵と、
ヘレス・ジット公爵
の7名。
マサムネとナビーはどう動くか判らないイレギュラー要素だ。
城内をイオリさんとダマーの使い魔が徘徊して警戒に当たり、使い魔達の撮る監視カメラ映像が司令室の魔道具へとリアルタイムで転送される。
監視カメラ映像を観ながら…
「今夜、城内で何の動きも無いなら無いで良いと思うんだけど。
敵だって判ってる奴らに対しては先手必勝で拷問するなり洗脳するなりしちゃダメなのか?」
と、リンタロウが素朴な疑問を呈した。
魔法使い長のダマーがバカな子を見るような目でリンタロウを見た。
「今まで何度も言ってきたつもりだが…。
魔法使いはこうして監視カメラ映像を録画する能力もあるが、虚構の映像を捏造する能力もある。
そうした事から監視カメラ映像は公式に『証拠』として認められない可能性が高い。
しかもこの国の外交姿勢は普通の国とは違って国民を守るという意識に欠けている。
外国人に対して相手が具体的に敵対行動を取る前に先にこちらが手を出せば、こちらに不利な形で国際問題化されるだろう。
だから敵がいつどんな風に仕掛けてくるのか全く判らない状態であっても、こちらからは手を出さずに、敵が攻撃してきた時に迎撃できるように常に準備を怠りなくしておかなければならないんだ」
ダマーがそう言うと
「…いや。おそらく長引く事はない。早ければ今夜中に決着が着くだろう」
と、ハーダル様が口を挟んだ。
ハーダル様とザクルム、バルアシフの竜騎士三名は人外境での任務を終えてラーヘルへと帰還していた。
しかし骨休めをする間もなく今回の任務に駆り出されていた。
「敵の動きに関して情報があるんですか?」
ガーマールが尋ねた。
「考えてもみろ。『ワルプルギス』も『太陽』も誰でも任意にメンバーになれるような組織じゃない。
魔法行使媒体を得る前からロバートは『ワルプルギス』の、トオルとサツキは『太陽』のメンバーだったんだぞ?
魔法以外に何か取り柄があったからに決まってるだろう?」
ハーダル様がそう指摘すると
「それはつまり…」
ガーマールが不安そうな顔をする。
「例えばトオルとサツキはカラス型の使い魔を使役している姿を目撃されている。
あと、ロバートに関してだが。
ガーマールのような『読心術特化』の人間は『心眼』で見ると、頭部に沢山の魂の粒子が常態的に逗留しているように見えるんだ。それと同じ特徴がロバートにも見られる」
ハーダル様が言う。
「そうですか?俺はロバートの心もちゃんと読み取っていたと思うんですけど…」
ガーマールが首を傾げると
「洗脳術は『意図したイメージを送りつける』という芸当で成り立っている。
『偽の思念、偽の記憶』を噛まされた可能性があるって事だな。
ロバートの魔力回路は魔力を目から放出できるように組まれているという事だから…。
ロバートはサークダがイオに習ったような洗脳術を習得していて、尚且つガーマール並みの読心術を行える可能性がある、という事だ」
ハーダル様が告げた。
「『ワルプルギス』も随分と高スペックな隠し玉を投入してきたもんですね…。
洗脳術と読心術を習得していて、尚且つ今回は魔法行使媒体も獲得してる訳ですよね?」
ザクルムが不安気な声を出した。
「そのロバートって奴は能力的にイオ様をも上回ってるんじゃないのか?」
バルアシフも皆が感じている不安を代弁した。
「それだけ『ワルプルギス』は本気なのだろう。
邪魔なアイル様とイオを殺して、ジット公爵とカルターリ公爵を傀儡にしてラーヘルの富を自由にしようと、本腰を入れているという事だ」
ハーダル様が顔を顰めながら言った。
「そんな物騒な奴らに狙われるくらいアイル様は金持ちなんですか?」
リンタロウが下衆の勘繰りを入れる。
「冒険者ギルドや商人ギルドに登録した者が持つギルドカードはキャッシュサービス機能が付いてるだろう?
各ギルドに設置されてる金庫型魔道具は広大な財産貯蓄用亜空間収納庫と接続する窓口みたいなもので、内部の財産貯蓄用亜空間収納庫には無数の階層と無数の金庫が存在していると言われている。
それらの各金庫と各ギルドカードとが登録者の血液情報によってリンクしている。
だからギルドカードを持つ者は財産貯蓄用亜空間収納庫内の金庫に『預金』しておけるし、ギルドに行けば金を引き出せるんだ。
そうしたキャッシュサービス機能付きギルドカードと、そうした貯蓄システムを開発・普及させたのがアイル様である事はあまり知られていない。
ギルドカードが一枚発行される度に幾ら、といった風に莫大な金が入ってくるので、欲の皮の突っ張った連中に知られると無駄に災難を引き寄せる事になるからな。
だが少し前からそうしたキャッシュサービス機能付きのギルドカードシステムをシュタウフェンは真似したいと言い出している。
具体的にどういった手法でシステムが構築されてカードが創り出されているのか、そういった面で間諜が送り込まれて来て色々と嗅ぎ回っていたようだ。
こうやって刺客を送り込んで来たという事は、開発者がアイル様であることが知られてしまっていると考えるのが妥当だろう」
ハーダル様がリンタロウの予想の斜め上をいく暴露話をしてくれた。
「それじゃあ、『ワルプルギス』はギルドカードの利権を奪う為にお義父様を狙っているのですか?」
私が尋ねると
「それだけではないだろうな。
考えてもみろ、財産貯蓄用亜空間収納庫内にはそれこそ沢山の人達の財産が収納されていて、あり得ない程の量になっている。
それを『本来の持ち主達からバレないように少しずつ掠め取っていく』とするなら、その悪党は一生働かずに遊んで暮らせると思わないか?
アイル様が常々心配していたのは、そういった『預金引き出し権限の抜き取り』だ。
悪党にシステムが理解されてしまうと、とんでもない事になるという事だ」
ハーダル様が答えた。
「それなら、ジット公爵やカルターリ公爵は『ワルプルギス』に操られて、目先の欲や憎しみに憑かれてるという事ですか?」
私が確認するように訊くと
「そういう事だ」
と、ハーダル様が重々しく頷いた。
(どうりでジット公爵やカルターリ公爵が頭が悪過ぎると思った…)
私は密かに溜息を吐いたのだった…。
***************
ナルシシズムと俗物的欲求との混ざった矛盾した強い情動というものは、しばしば「陽動」として役に立つものである。
ヘレス・ジット公爵のような性格ーー
金に困っていて
自己憐憫に浸っていて
様々なものを嫌悪している性格や
アラント・カルターリ公爵のような性格ーー
近親相姦という異常性癖で
自分を美化してとらえ
思い通りにならない相手を憎む性格は
まさにナルシシズムと俗物的欲求との混ざった矛盾した強い情動を生み出している。
『ワルプルギス』が「餌を投げ与えればすぐに尻尾を振る犬達」の中に、こうした頭の悪い男達がいる事に気付けば「利用してやろう」と思うのは当然の成り行きだと言えた。
『ワルプルギス』側にとってラーヘル辺境伯の資産や技術は「果樹がたわわに熟れた果実が実らせている」のと同じ意味合いでしかない。
つまり「果実を捥いで、それを餌食にするのは我々だ」といった搾取心こそが『ワルプルギス』が、仲間以外の者達を目にした時に喚起する感情なのである。
彼らにとっては仲間ではない全ての人間達が欺きと搾取の対象なのだ。
ヘレス・ジットやアラント・カルターリの致命的な馬鹿さ加減は…
実質上『ワルプルギス』から搾取対象に分類されている位置付けでありながら、自分達を『ワルプルギス』の仲間であるかのように錯覚している点に由来する。
その辺りを勘違いをしているから彼らは『ワルプルギス』のような悪党集団から良いように利用されてしまうのである。
悪党の思考を理解できてないくせに
(いや、理解できてないからこそ)
悪党に媚びてよしみを結べば、その恩恵を得られる筈だと無邪気に何の疑いもなく信じ込んでしまうのだ。
普段から欺瞞に塗れた物の考え方をしている人達というのは、悪党にとっては「操って使い潰す」為に存在している、謂わば『肉弾』『肉盾』として利用し得る便利な武器や防具なのである。
ナルシシズムや欺瞞で曇った目で策略を進取的に実行した場合、計画が成功するか否かは「運任せ」になってしまうのだ。
運が悪ければそうやって悪党に利用され操られて使い潰される事になる…。
ジット公爵主催の夜会にアイル叔父さんの護衛として参加した面々は、その晩そうした「使い潰される人間」の悪足掻きを目にしたのだった…。
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