カウンター

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その晩、アイル叔父さんの第一夫人であり(表向き)ジット公爵の娘であるライラは「お腹を壊した」とかで、夜会へは行けない事になった。 舅に招かれておいて、別の妻を連れて行くというのも本当は失礼に当たるのだろうが… 叔父はイオリさんと共にジット公爵邸へと向かった。 どんな攻撃を受けても、それらを跳ね返す準備は万端だが… 「隠れ魔法使いなのではないのか?」という疑惑を招かない為に、本物の魔法使いにすぐ傍らに居てもらうのが一番無難なのだそうだ。 叔父もイオリさんもサークダも緊張の面持ちでジット公爵邸へ向かうのに… イオリさんの元夫のホデシュさんだけは幸せそうに満面の笑みを浮かべて、イオリさんを見詰めていた。 「ホデシュ…。涎を垂らしそうな顔で他人の妻をジロジロ見続けるのは正直どうかと思うぞ?」 と、叔父が窘めた。 ホデシュさんとイオリさんは元夫婦。 イオリさんはとっくに吹っ切れているものの ホデシュさんの方は未練タラタラで未だにチャンスさえあれば「ヨリを戻そう」と口説きにかかるのだ。 ホデシュさんが上位貴族のラーヘル辺境伯に対して忠誠心が無いのか?というと、そういう事でもないのだが… どうにもホデシュさんは女好きで手が早い。 「気に入った」 「惚れた」 「忘れられない」 などといった 女性に対する好意に関して自己抑制したり隠したりするなどといった事は出来ないタチなのだ。 「別に眺めて涎垂らすくらい良いじゃないですか。相手をベロベロに舐め回す訳じゃないんですから」 と、ホデシュさんがシレッと言った。 「お前なら隙さえあらばベロベロに舐め回そうとするに違いない。煩悩を捨てろ!自分の妻を愛せ!」 と、アイル叔父さんは一刀両断したが 「私もそうしたかったのですが…無理です。 アイル様もよく仰ってましたよね? 綺麗な女は磁石だと。 血液の中の鉄分が磁石に惹かれるから血が滾ると。 意志の力でどうこうなるものではありません」 と、ホデシュさんは開き直った。 しかし 「…ホデシュ様は危機感がありませんね。私もアイル様も命を狙われてるのですよ? そんなに緊張感が無いのなら邪魔です。 護衛はハーダル様にお任せしますので、ホデシュ様は砦の警備に就いて下さい」 と、イオリさんが冷たい目で告げると ホデシュさんは捨てられた仔犬のようにシュンとなった。 そして上目遣いでイオリさんを見ながら 「緊張感を持てば良いのだな?」 と尋ねた。 「ええ。敵は必ず仕掛けて来ますし、こちらも仕掛けます。 敵の出方次第ではどうなるか分かりません。 皆で無事に明日を迎える為にも護衛に集中してください」 イオリさんが真面目な顔で言うと ホデシュさんも真面目な顔で頷いた。 サークダはホデシュさんの隣で何かツッコミたそうな顔をしていたが敢えて何も言わなかった。 ホデシュさんは女には甘々だが男に対しては悪鬼に豹変する。 イオリさんがまだホデシュさんの妻だった頃… 何人もの若いイケメンの騎士が「妻に色目を使った!」と言い掛かりをつけられて、半殺しの目に遭わされていたのはラーヘルでは余りにも有名な話だ…。 そんな場面を見せつけながらパーティー参加組は意気揚々と出かけて行った。 *************** 私はパーティーには出席できず留守番組なので (今頃向こうはどうなってるんだろうか…) ジット公爵主催のパーティーがどう展開するのか気にかかっていた。 (本当に皆で無事に明日を迎えられると良いな…) と思いながら瞑想に耽り、砦内の様子を映した監視カメラの向こう側に動きが起こるのを待った。 *************** あとで聞いた話によると ジット公爵邸に着くとそこにはシュタウフェン派の貴族達がズラリと揃っていたのだそうだ。 その面子の中にはアブドゥーニ・ミグジル公爵やダーガン・ビルティホーク侯爵のような懐柔済みの(元)シュタウフェン派は居らず、ラーヘルに対して悪意的な者達だけが意図的に集められていた。 なので予定通りにアイル叔父さんは『木乃伊(ミイラ)の装飾品』を加工した魔道具に魔力を注いで『幻想魔法』を発動させた。 「人々が礼儀正しく談笑して社交を楽しむ」ようなシチュエーションを思い描いて、「そのシチュエーションを演じる以外の選択肢が生じない」ように仕向けたのだ。 多くの者達が瞬時にこの『幻想魔法』に掛かっただろうが、掛からなかった者達も居た。 叔父が初っ端から高価な魔道具を使用したのは、『幻想魔法』に掛からなかった者達に対して牽制として、『ラーヘルの魔道具技術の高さ』を知らしめておく必要があると思ったからだ。 何故なら今回のような 「相手がこちらに攻撃を仕掛ける事が予め判っている」場合には カウンターとして『反射迎撃』魔道具を使うことになる。 しかしこの『反射迎撃』魔道具の効果というのが絶大だ…。 相手がこちらを本気で殺す気で攻撃を仕掛けたなら、その相手が死ぬ事になる。 相手の攻撃をそっくりそのまま相手の急所に叩き込むカウンター用魔道具なのだから…。 そういった魔道具の存在を知らずに攻撃を加えてくる者達の目には 「反則だ!」と思えることだろう…。 それは無駄な逆恨みの元凶になる。 なのであらかじめ牽制しておいてやるのだ。 「こちらの力を見誤るのだとしたら、それは自己責任だ」 という宣告も兼ねて。 (そうした宣告を理解できない者もいるのかも知れないが) そして早速『幻想魔法』に掛からなかった男が現れた…。 招待主のジット公爵だ。 「よく来てくれたね」 と、愛想良く微笑んだが (本当は金に困っててアイル様を殺そうとしてる奴なんだよな…) という事が判っている皆の目には最早「性悪のキツネ親父」にしか見えなかった…。 「お招き有り難う御座います。ライラが具合が悪くて来られない事を残念がっておりました」 叔父が愛想良く微笑み返した。 「今夜は皆様にお楽しみ頂けるように楽師の一団も呼んでおりますので、是非とも最後までごゆっくりとお過ごし下さい」 含み笑いをしながらそう言うとジット公爵は他の客の元へも挨拶に向かった。 他の客達の中にはアラント・カルターリの姿も見られた…。 ホデシュさんやサークダにとっては貴族の夜会などというものは「粉飾と欺瞞に塗れた低次元な人間達が粘着な癒着関係を築く馴れ合いの場」でしかなく、そういった場に顔を出すのは(たとえ護衛の為とは言え)苦行に他ならなかった…。 さて、この夜の夜会での段取りだが 敵が「楽師の演奏」「歌手の歌唱」などといった娯楽を装って、音や声に魔力を乗せた「呪奏」「呪歌」を仕掛けてくることが判っていた。 対抗策として 「魔力を解体する作用」の魔道具と 「魔力を吸い取る作用」の魔道具を用意していた。 空々しい歓談や立食が続く中で楽師達が楽器の調整を終えて演奏を始めた。 ホデシュさんとサークダは演奏に聴き惚れたフリをして楽師達の近くに立ち、魔力解体魔道具を発動させた。 呪奏師達の中に一人魔眼持ちがいたようで、せっかく込めた魔力が次々と分解されているのに気がついて、ホデシュさんとサークダを睨み付けた。 「余程の馬鹿なんだろうな。自分達が一方的に他人を罠に嵌める側だと本気で信じ込める奴等というのは…」 ホデシュさんが呟いた。 「普通の人間達を相手に或る程度一方的にカモると勘違いするんですよ。 自分達を『捕食者』だと。 本当は『被食者』かも知れないのに。 それに気がつく時は大抵は破滅の時だから、手負いの獣みたいに激昂するんですよね」 サークダが往生際の悪い悪党の心理について述べると 「成る程な。自分より強い、自分よりも用心深い人間の存在を知らずにいると、どんどん馬鹿になるのだろうな。それなら俺達は連中が少し賢くなるのに貢献できるという訳だな?」 ホデシュさんが言うと 「まあ、そうなんでしょうね。 或る意味、思い上がった悪党を懲らしめるのは連中に人生というものを教えてやってる、という面もあるんで。 謂わば『人助け』ということにもなるかと」 サークダがシレッと答えた。 楽師達の演奏に合わせて、今度は呪歌唄いの女が一般の歌手のフリをして唄い出した。 魔力の遠隔操作に長けているようで、ホデシュさんとサークダの近くを避けて迂回させるように客達の方へ声に乗せた魔力を飛ばしている。 しかしその魔力もイオリさんが髪に付けている髪飾りに吸い込まれた。 女も楽師の一人と同様に魔眼持ちだったらしく、軽く目を見開いたが、それでも澄まして歌を唄い続けた。 だが魔眼持ちの二人は魔力を使い続けるのは無駄だと早々に気付いたようで 演奏の音に、歌に、魔力を乗せる事は止めていた。 他の者達はそれに気付かずに魔力の無駄遣いをし続けているのだが、それを指摘してやる術はないようであった…。
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