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断罪イベント
そうしてひとしきり見事な音楽と歌が披露された後に音楽と歌が止むと
今度はイオリさんが自分も唄うと言い出した。
[獣や魔物を眠らせる]呪歌を。
客達の中には使い魔にした動物や魔物を従魔として常に従えている者達も居たので。
それを眠らせてみせるという話だ。
イオリさんが教会の治癒活動で唄っている呪歌は主に治癒目的のものだが、こうした健康な者達が集まる夜会で治癒目的の呪歌を唄っても効果のほどが実感できない。
呪歌の効果を如実に知らしめる為に[獣や魔物を眠らせる]呪歌を披露したいのだと言う。
叔父の『幻想魔法』に掛かっている面々は「是非聴かせて欲しい」と言い出したので、ジット公爵やカルターリ公爵が口を挟む間も与えずに、イオリさんは朗々と呪歌を唄い出した。
『眠れよ眠れ、満たされた腹を抱え、棲家にて安らぐが如く。
眠れよ眠れ、この世の悲しみも飢えも忘れ、とこしえに安らぐ夢に甘えて。
眠れよ眠れ、運命の糸車紡がれる道の中、迎え訪れる彼の川の側で』
歌声が響きわたり、客達の従魔が次々と眠りについた。
そんな中で何故かジット公爵邸の護衛の者達も眠りについていった。
本来なら獣や魔物が対象の筈なのだが…
人間であっても『他者(人間)を害する』気持ちでいる者達にも効果が出るのだ。
ジット公爵の使い魔らしき猿に至っては、人混みを縫ってアイル叔父さんの足元に忍び寄って来ていたらしく、中に何かの液体の入った小瓶を抱えた体制で叔父の足元にうずくまり、真っ先に眠ってしまっている。
「あら?何でしょう。この小瓶は?」
イオリさんがわざとらしく声をあげた。
「この猿はジット公爵の使い魔でしたよね?
この小瓶は公爵のものですか?
それとも手癖の悪い猿が誰かから掏り取ったものでしょうか?」
イオリさんが目が笑ってない笑顔でジット公爵を見遣りながら質問すると
「手癖は悪くない筈なんですが…。
その小瓶は私が私室で保管していた薬品です。危ないので返して頂けますか?」
ジット公爵が、ペットの手癖が悪いと指摘されて腹を立てている事を隠しきれずに、イオリさんからふんだくるように小瓶を取り返した。
既にすり替えられている事にも気付かずに…。
ジット公爵が叔父に使おうとしたのは揮発性の高い痺れ薬だ。
近くで溢されて、気化したその成分を吸っただけで真っ先に舌が縺れる類のものだという事は、ジット公爵の隠し部屋にまで侵入させたイオリさんの使い魔の監視カメラ映像・音声で明らかになっている。
なのでその液体の正体はホデシュさんにもサークダにも知らされていない。
「舌を縺れさせる」という攻撃自体が
「魔法行使媒体の起動を妨げる」という目的のものであり、相手を(叔父を)魔法使いだと知ってのものだからだ。
表向きはジット公爵も叔父も「非魔法使い」という事になっているので、こういった攻撃に何の意味が有るのかを知られる事は「隠れ魔法使いである事を知られる」事に繋がりかねない。
「皆様、立派な従魔を従えていらっしゃいますのね。私も自分の使い魔を連れて来ておりますので紹介させてくださいね」
とイオリさんが微笑みながら蜜蜂型の使い魔達を出現させた。
元々会場内に居たのだが『不可視化』させていたものだ。
『不可視』を解く事で突然、半透明の蜜蜂達が会場内に出現したように見えた。
更にイオリさんは魔法行使媒体である【月影の書】の『不可視』も解いて可視化させた。
そして画面を通常の16倍にまで拡大して、会場内にいる全ての者の目に見えるようにした。
画面が複数にセパレートされて、蜜蜂型使い魔が映し出す映像がリアルタイムで画面に反映されているのを見て客達は呆気に取られていた。
「こうして撮った映像や音声は保存も可能です。
なのでたとえ隠し部屋で行われた会話や作業であれ、撮った情報は交渉の材料にもなり得ます」
イオリさんが心底楽しそうに微笑むと
その言葉の意味する事に気が付いた者達の顔色が急に悪くなった。
「なんて悪趣味な!盗撮した情報で交渉だって!?」
と、アラント・カルターリが露骨に嫌悪感を剥き出しにしてイオリさんに食ってかかった。
「あら御機嫌よう。ベン。貴方は盗撮されたら困るような事をなさってるのね?」
と、イオリさんが涼しい顔で尋ねた。
「君は一体何を言っている!何を知ってるつもりになってる!」
と、アラント(ことベン)は激しく動揺しながら怒りを露わにした。
途端にイオリさんは【月影の書】の画面にある男女の濡れ場を映し出した。
アラント・カルターリと、アラントの姉のフィオナの姿が映し出されているのを観て客達は騒ぎ出した。
ーーと同時に
アラント・カルターリは攻撃魔法をイオリさんに向かって放っていた。
当然のことながら攻撃は予め想定しているので、反射迎撃魔道具の作用でアラントがイオリさんに放った攻撃はアラント自身に跳ね返った。
余程憎しみを込めていたのか…
アラントの顔がズタズタに斬り裂かれていた。
「あら?即死させる気では無かったという事なの?
女の顔を傷付ける気でいたなんて悪趣味は貴方の方ではなくて?」
イオリさんが心底軽蔑しているといった様子でアラント(ベン)を見下ろした。
アラントの方は痛みでそれどころではない。
魔法使いなのだから即死しない限り『ヒーリング』によって『無かったこと』に出来るのだが…
痛みが強過ぎて(口元まで斬り裂かれているので)上手く声を上げることが出来ないようだった。
「貴方が私を殺そうとして攻撃魔法を放ってきたのは二度目ですよ。
流石にもう貴方を見逃し続けて上げることはかないません。
覚悟はしているのでしょうね?」
イオリさんは返事など期待せずに、一方的にアラント(ベン)に覚悟を強いる通告をした。
そしてサークダに目配せをして
(この男に洗脳術を施して)
と、暗に意図を伝えた。
イオリさんは安全策として
鼬型使い魔のルビーに
(アラントや客達を仮性眷属化して)
と、指示を出した。
一方でジット公爵は怒りの為なのか焦りと興奮の為なのかワナワナと震えている。
イオリさんは【月影の書】の画面に反映される動画を「アラントとフィオナの濡れ場」から「ライラと乳兄弟の濡れ場」へと変更した。
そして
「ジット公爵。よくもあんな阿婆擦れ娘をラーヘル辺境伯の第一夫人として送り込めたものですね?
貴方は恥知らずなのですか?
貴方の娘は頭が悪過ぎます。
敵地に赴いておきながら、社会的弱みに繋がる不倫を犯しているのですよ?
この責任はちゃんと取って頂けるのですよね?」
と、イオリさんが責め立てると
ジット公爵もアラント同様に激昂して
攻撃魔法をイオリさんに向かって放つーー
かと思われたが…
ジット公爵は客達に向かって攻撃魔法を放つ事にした。
ラーヘルにおける不祥事は「ラーヘル辺境伯の落ち度」という事になる。
ラーヘル辺境伯は必ず客達を庇う筈だとそう見越しての事だった。
だがイオリさんもアイル叔父さんも客達を庇う素振りはなく、ジット公爵の攻撃魔法は客達を直撃した。
前もってイオリさんが「魔法攻撃耐性」は客達全員に施していたので即死した者はいないものの客達は皆怪我をした。
「ジット公爵!狂ったのか!」
「なんてことを!」
「あり得ない!裏切り者!」
だのと怨嗟の声が上がる中で…
叔父が静かに告げた。
「貴方のような危険人物を野放しにしておく事は出来ません」
ジット公爵は叔父のあの綺麗な目に見詰められながら、激しい目眩を感じた。
そしてあの美しい優しい声に包まれながら意識を手放す事になったのだ…。
アラント・カルターリはサークダが
ヘレス・ジットはアイル叔父さんが
それぞれ洗脳術を施す事が
当初からの計画だったのだ…。
***************
叔父とサークダが夜会でターゲットの自我を上書きし、イオリさんとホデシュさんが客達全員に暗示を施している頃ーー。
砦の方ではーー
叔父の執務室で秘書のハローンが溜息を吐いていた…。
常時、無表情かつ冷静なハローンだが
今夜ばかりは気が休まらなかったのだろう。
この時期は丁度、ハラム平原で騎士団の合同演習と武闘大会が行われていた。
去年の武闘大会で好成績を残した者達の元に「婿探し」の貴族達が押し寄せた事が評判になり、もはやナハル国の名物イベントと化していた。
主だった騎士の幾人かが不在だという事もあり、城内の警備のローテーションにも変更があった。
これは何処の砦の騎士団にも当てはまる事だが
「騎士団長は国属騎士から選ばれる」
(軍務大臣によって選任される)
ことになっている。
謂わば各砦の騎士団長以下の国属騎士達は、「地方貴族を見張る中央政府のスパイ」役を兼ねている。
しかしラーヘルの騎士団長のベンヤーミンや彼の直属の部下達はそうした役所にありながらラーヘル辺境伯たる叔父に心酔している面がある。
積極的にラーヘル内を嗅ぎ回って、叔父を不利にするような情報を中央政府や中央騎士団長へと伝えるような真似をする事はない。
だが中央騎士団からラーヘル騎士団へと「赴任してきたばかりの国属騎士達」は違う。
不思議なことに、この夜の警備はそういった騎士達が請け負っていた。
中央から指示されて、その指示にどんな意味があるのかも知らずにベンヤーミンが従ってしまった可能性が高かった。
おかしな連中が夜半に城内を彷徨くのも、ラーヘル組の動きを監視・牽制しつつ、シュタウフェン・アメリア組の動きは見逃すという手筈の一環なのかも知れなかった。
ハローンはおかしな動きを見せる国属騎士達に嫌悪感を持ちながら、司令室に詰めてる面々がどうしているのか気を揉んでいた。
国属騎士達が「警備」という名目の「監視」をハローンに向けている以上、同じ城内の歩いて数分の場所にいる仲間達の元へ大っぴらに向かうことさえも憚られた。
なのでハローンは『場を独立させる魔道具』を作動させて、それから連絡用魔道具で司令室に連絡を入れたのだった。
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