拉致

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拉致

司令室には建前上はハーダル様一人が詰めている事になっていた。 しかし実際にはザクルムもバルアシフもいれば、ラーヘル専属魔法使いのダマーとリンタロウもいる。 そして私も。 「此処には居ないことになってるのに、此処に居る者達」は皆[擬態隠蔽]マントを羽織っている。 日中でも[擬態隠蔽]マントが使用されれば、「そこに居るのに気付かない」といった事が起こるのに、夜だと余計に気付く者は居ない。 とても便利な代物だ。 唯一難があるとすれば 「使われている素材が稀少なので随時量産はできない。素材が手に入り次第作られる」 といった点だ。 ハーダル様、ザクルム、バルアシフ、ダマーはそれぞれ配布されて[擬態隠蔽]マントを所持しているのだが… 私とリンタロウは違った。 私はまだ幼いので叔父からは戦力外だと見做されていたし、リンタロウはラーヘルに来てまだ半年しか経っておらず、それほど信用されていない。 私とリンタロウはイオリさんに泣きついて[擬態隠蔽]マントを借り受け、今回の計画に参加させて貰ったのだ。 (それにしても本当に彼らは「あんなこと」を本気でやるつもりなのか?…) と、私は『ワルプルギス』と『太陽(ディー・ゾンネ)』の正気を疑っていた。 ジット公爵邸の隠し部屋と、カルターリ公爵邸の隠し部屋で為されていた会話の盗撮映像を視聴したので、連中がどんな計画を立てているのかは知っていた。 理屈としては。 だけど人倫的な問題として 「あんなことを本当に実行する気なのか?」 という点ではどうしても理解出来なかった。 「ラーヘルの退魔結界魔道具を破壊して、人外境からラーヘル内へ魔物を引き入れて陽動」 「ラーヘル所属の魔法使い達を就寝中に攻撃して始末」 「事態の責任を被せる為にラーヘル辺境伯の秘書ハローンを洗脳」 そんな悪辣な計画を立てて それを実行させようとする それを実行しようとすることが どうして出来るのか その神経が解らないのだ…。 私が敵の心境が理解出来ずに悩んでいると、不意に側にあった連絡用魔道具が輝き出した。 「ハローンさんからかも知れません。出ますか?」 私が尋ねるとハーダル様が頷いた。 ハーダル様の真剣な面持ちを間近で見て、そんな場合ではないのにリンタロウがときめいた様子で頬を赤く染めた。 私はその様子を呆れたように見遣りながら連絡用魔道具に魔力を流した。 すると小声で話すハローンの声が魔道具から聞こえてきた。 「監視カメラ映像ではどうなってます?連中はまだ動きませんか?」 いつも澄ました態度をとっているハローンにしては不安気な声音だ。 それも仕方ないのだろう。 敵の計画の中ではハローンは「今夜ラーヘルで起こる事になっている事態」の全責任を負わす洗脳のターゲットなのだ。 そんな事のターゲットにされた方は「冗談ではない!」と思うだろうし、恐ろしくもあるだろう。 「トオルとサツキの使い魔がミツヒデ、ロバート、マリナの部屋を訪れて合図を出しているところだ。 奴らが上からの指示に従って手順通りに動くなら、ハローンの元にはロバート一人が出向いて、他の者達は退魔結界魔道具の破壊に向かう筈だ。 その後でレオン、ケイ、ダマー、リンタロウの寝室を襲撃して、魔物を呼ぶ召喚笛を吹いた直後にラーヘルから遁走するつもりだろう」 ハーダル様が敵の手順を改めて復習するように言った。 「ロバートが執務室に入り込んだ時点で『害意あり』と判断して罠を発動しても良いのでしたよね?」 ハローンの声が魔道具の中から確認するように問うてくる。 「ああ、ロバートが執務室に入り込んだ時点で、執務室の前で警備をしている筈の騎士達もロバートの仲間になっていると見做して構わない」 ハーダル様が断言すると 「了解しました」 と声が聞こえて連絡用魔道具の反応が消えた。 ハーダル様がザクルム、バルアシフ、ダマーを見遣りながら 「今夜でナハル国の政治勢力図から『シュタウフェン派』が消える。 『実力差』を見せつけておかないと敵は『報復』を考えるようになるだろう。 二度とラーヘルに手出しさせない為にも敵が『二度と敵対したくない』と思うようにやり込めてやろう」 と宣言した。 ザクルム、バルアシフ、ダマーが 「「「了解!」」」 と答えた。 私とリンタロウは そんな場合ではないというのに ((ハーダル様、カッコイイ〜!)) とハーダル様に見惚れてしまった…。 本当にそんな場合ではなかったのだが…。 *************** それから程なくして、城内を徘徊している使い魔達による監視カメラ映像は… 夜陰に紛れて動き出した間諜ーー ミツヒデ、ロバート、マリナ、トオル、サツキの姿を捉えていた…。 間諜達は退魔結界魔道具を破壊した後 ついで魔法使い達の個室へと向かい室外から魔法を施して室内へと攻撃をしかけた。 そのまますぐに魔物の召喚笛を吹いて逃亡するのかと思いきや。 間諜の一人、マリナは何を思ったのか茉莉の部屋へ向かい、執拗にドアをノックして茉莉を起こして呼び出した。 茉莉が眠たげな眼をこすりながらドアを開けて マリナに何があったのかを尋ねると… 「退魔結界魔道具が何者かに破壊されて大変なことになってるのよ。 魔物がラーヘルの中に入って来るかも知れない。 私達はこんな危険な処で二年間も働くなんて真っ平だから逃げ出すことに決めたの。 だから貴女も一緒に連れて行ってあげようと思ったのよ」 と、マリナは衝撃発言をかました。 途端に茉莉の眠気は吹き飛んだようだった。 「退魔結界魔道具が破壊されたって、魔物が入って来るかも知れないって、そんな…。 ラーヘルはどうなるんですか?見捨てて逃げるんですか? 民間人を守らないんですか?それって『敵前逃亡』なんじゃないんですか?ダメですよ、そんなの!」 茉莉はマリナの言葉に反発した。 「私達はアメリア国の魔法使いだもの。 ナハル国の危機はナハル国の魔法使い達と騎士達が対処するから私達は出しゃ張る必要はないの。 それよりナハル国の魔法使い達と騎士達が結界の修復に掛かりきりになっている今が私達が此処から逃げ出すチャンスよ。 一緒に行こうよ。 こんな処に居ても危険なだけだよ? 魔力持ちの仕事ならラーヘル以外の街でも色々あるから此処に拘る必要は無いよ? 恩着せがましく働かせようとするラーヘルの人達から逃げて自由になろうよ!」 マリナがそう言い立てたのだけど 茉莉は 「退魔結界魔道具が破壊されて大変なことになってるんですよね? …それなら私は此処の魔法使い達や騎士達と一緒に結界の修復するお手伝いをします!」 そう言い切ってマリナの傍をすり抜けて廊下に出た。 その時に 「おい、まだか?」 と、ミツヒデが廊下の角から姿を現した。 マリナの暗い表情を見て 「だから説得は無理だって言ったのに…」 と、言ってミツヒデは何の気負いもなく二人に近づいた。 そして不審そうに見詰めてくる茉莉の目の前で、素早く茉莉のコメカミに手刀を振り下ろした。 途端に茉莉は目眩に襲われてよろめいた。 全く予想外だったのだろう。 避けられる筈もなかった。 「悪いな」 そう言ってミツヒデは茉莉の鳩尾に一撃を加えて茉莉の意識を刈り取った。 ミツヒデは軽く溜息を吐きながら 「空間拡張魔法の掛かった収納袋だ。生きた人間も入れて持ち運べるタイプのヤツだ。 貸してやるからコレに入れて運べ。 後でロバートに洗脳して貰えば、ちゃんと仲間になるだろうから、それまで逃げられないようにしておけよ」 といって袋をマリナに投げて寄越した。 「サンキュー」 マリナはミツヒデに礼を言うと、しばらく起きないように茉莉に眠り薬を嗅がせてから茉莉を収納袋に収納した。 「洗脳してもらえば貴女は私のものだから。何も悩まずに済むし、ちゃんと可愛がるから暫く大人しくしててね…」 マリナは袋の上から茉莉に話しかけたのだった…。 *************** 退魔結界魔道具を壊してから手分けしてラーヘル組の魔法使い達を処分した。 あとは召喚笛で魔物を呼び出して一目散にラーヘルから逃げ出すだけだ。 マリナはそう思った。 「ロバートが戻って来ないな…。何かあったんじゃないのか」 トオルがミツヒデに尋ねた。 「あいつに限って、秘書如きに遅れを取るとは思えないんだが…。 ただ所定の時間になっても所定の場所に来なかったメンバーに対しては、見捨てて計画通り動くように指示されてる以上、見捨てるしかないだろうな」 ミツヒデが言った。 「同じ『ワルプルギス』なのに冷たいんだね?」 サツキが嫌味を言うと 「後から助け出すツテはちゃんとあるから心配しなくても良い。 特にこの国の政治勢力図の中ではシュタウフェン派は大御所だ」 と、ミツヒデは余裕の笑みを浮かべた。 「召喚笛だ。トオルとサツキは城下街でこの笛を吹いて餓鬼(ゴブリン)を呼んだあと、逃げろ。 餓鬼(ゴブリン)に襲われるなよ?サツキ」 ミツヒデはトオルに召喚笛を渡しながらサツキに注意を促した。 餓鬼(ゴブリン)はとにかく凶暴で人間と見ると見境なしに襲ってくるのだが、若い女が相手となると途端に発情して犯そうとしてくる魔物だ。 「余計な御世話なんだよ、オヤジが!」 と、サツキが悪態をついた。 「下品だな…」 ミツヒデはサツキを冷たく見下ろした。 『ワルプルギス』は貴族や貴族に仕える者達が中心となった暗躍組織だが 『太陽(ディー・ゾンネ)』は市民権を持たない(主人の無い奴隷)階級の者達で構成されているので、当然ながら躾や礼儀作法とは無縁の人間が多いのだ。 親が『太陽(ディー・ゾンネ)』なら子も『太陽(ディー・ゾンネ)』といった風に、市民権・戸籍を持たない者の子は同様に市民権・戸籍を持たないのだ。 トオルとサツキはそういった出自だったので、魔法使い適性者であっても、シュタウフェンの[拝領の間]に入って魔法行使媒体を授かる事が出来なかったのだ。 逆にロバートに至っては、彼は子爵家の嫡男で爵位を継いでいる。 「魔法使いは爵位を継げない」 という法律を律儀に守って、敢えて魔法使い適性者である事を隠して洗脳術と読心術を駆使して『ワルプルギス』に貢献して来たのである。 同じシュタウフェン国で生まれ育った人間であっても『ワルプルギス』と『太陽(ディー・ゾンネ)』とでは人間の質が根本的に違った。 ミツヒデはサツキを無視する事にして、マリナに向き直り 「お前は貴族街でこの召喚笛で犬鬼(コボルト)を呼んでから逃げろ。貴族達に見られぬように、捕まらぬように気をつけろ」 と指示した。 マリナは大人しく頷いた。 サツキとは違って、一応カルターリ家に仕える一族の娘だ。 シュタウフェン国の属国であるアメリア国の人間だとは言え、育ち的には『ワルプルギス』のメンバーに近い。 いちいち年長者に悪態をつくほど馬鹿ではない。 「俺はこの城で狼鬼(ワーウルフ)を呼ぶ笛を吹いてから逃げ出す。 『同時多発』的に行うように上から指示されてる事は知っているな? 今から15分後に行うから、自分の受け持ちの場所へ移動しておけ」 ミツヒデがそう言って砂時計をトオルとマリナに渡すとサツキがブツブツと文句を言った。 15分の間で城下街まで行かなければならない、というのが体力的にキツイらしかった。 トオルに小突かれながらサツキが渋々と立ち去った。 「ロバートが戻って来ないなら洗脳はどうなるの?」 と、マリナが袋を大事そうに撫でながらミツヒデに尋ねた。 「洗脳術を使える人間は他にもいる。 そもそもロバートが捕まってても、すぐに手を回してもらって脱走させるだろうから心配は要らない」 ミツヒデが断言するとマリナは安心して貴族街の方へと向かって行った。 ミツヒデは一人になってやっと内心の不安を自覚できた。 ミツヒデは不安と向き合いながら月明かりが及ばぬ建物の影に隠れた状態で、他の者達と示し合わせた時間まで待っていた。 (そろそろか…) 砂時計の砂が落ちきるとミツヒデは召喚笛を取り出して、笛に思い切り息を吐き出して音を響かせた。 途端に闇が広がったーー。 月明かりが消えて 一面が真っ暗になったのだ。 「一線を超えたな…」 と、声がした。 「退魔結界を破壊して魔物を呼ぶという行為がどれだけの人的被害を生み出すものなのか、想像する事が出来ないほどの間抜けではないのだろう? だとしたら自分が魔物に殺されるのを覚悟の上での所業だと、そう判断して構わないな?」 闇に慣れたミツヒデの目に 巨大な魔物の姿が映った…。 月光を遮る巨大な蜥蜴のような、 翼のあるそれは… 「飛竜(ワイバーン)…。竜騎士…」 ミツヒデはボンヤリとそう呟いた…。
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