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実験台
罪人達の処罰が検討されると同時に、ミツヒデ達の身元に関する情報が急務で集められていた。
当人達にも自供させるつもりだが、客観的に彼らが何をしてきたのかを調べる必要があるのだ。
特にミツヒデとロバートはこれまでにも『ワルプルギス』として工作活動をしてきている筈なので、そういった履歴を情報屋を使って洗い直している。
そして既にミツヒデに関しては「見覚えがある」という声が情報屋界隈から上がって来ている。
そうした情報を纏めながら
「『ワルプルギス』や『太陽』が報復しようなどという気を起こさないように、そうした組織の情報も入手して有効な牽制を掛けておかないと、いけませんからね」
と、淡々とイオリさんが宣うた。
***************
「敵を知る」という行為を行う際に一番大切なのは「有効な対策を講じる為に」という事を常に意図しておくべきなのだ。
不思議な事に高みの見物気分で面白がったり、或いは嫌悪感を感じながら監視していると、手に入れた情報から有効な対策を講じるという事が難しくなる。
監視する、情報を入手する
その時点で既に「有効な対策を講じる為に」といった分類を情報自体に振り分けておかないと、何故か情報自体が有効な対策を講じるという点で役に立たない事が多い。
何故そうなってしまうのか。
その現象の原因は判らないまでも
「分類」や「観察」によって生じる「運命の傾向」は「観点の質」を暴き立て、当人に突き付けてしまうという事だと思うのだ。
こうした現象は【世界】に参入しておらずに【世界】を観察し続ける【視聴者】と呼ばれる達が如実に実感するところの事実なのである。
***************
私達がミツヒデ、ロバート、トオルの様子を見に行くと何故かロバートは口が利けなくなっていた。
「やっぱりね…」
と、イオリさんは溜息を吐いた。
「やっぱりって、予想してたんですか?」
私が尋ねると
「洗脳術は耐性がある人間はかかりにくいのです。
ある程度魂を削って心を折ってやらないと『虚ろな受け身の姿勢』にならないから抵抗されることもあります」
と答えてくれた。
「洗脳術に耐性がある者は口が利けなくなるんですか?」
「いいえ。失敗している可能性を考慮して予め『ヒーリング以外の魔法を使おうとしたら口が利けなくなる』ように暗示を施しておきました」
「自我の上書きではなくて暗示で精神的に去勢することはできませんか?」
私が思わず素朴な疑問を呈すると
「暗示は細かい指示向きであって、根本的なヒエラルキーの認識には繋がらないので『精神的去勢』や『更生』には繋がりません。
悪意や攻撃性そのものは変質できずに単に矛先を操るだけ、ということしかできないんですよ」
洗脳というものは本当に「洗脳」ような類の劇的変化を齎すものであり、暗示のような小手先の方向性の誘導とはまた違うのだという。
「とにかくアイル様にご報告して対策を考えましょう」
と言われて私達は叔父の元へと向かった。
丁度同じ頃、サークダがアラントの様子を見に行っていたらしい。
やはりアラントも自我の上書きに失敗していたことが判って慌てて報告に来たようだった。
私達が報告している最中にサークダもアラントのことで報告に来たのだ。
サークダがアラント・カルターリの洗脳に失敗していた事を知ると
「結局あの悪党は私が直々に洗脳してやらなきゃならないのかしらね…」
と、イオリさんが忌々しいといった様子で顔を顰めてぼやいた。
アラント・カルターリはイオリさんと同期生の魔法使いであり、やはり「なりすまし」の殺人者である。
アラントはナハル人のショーパルという少年に成りすまして魔法行使媒体を得ているのだが。
ショーパル少年は家族ごと殺されているのだ…。
しかもそれをアラントは
「協力者にならないのが悪い!」
「ナハル国が庶民に愛国心を持たせているのが悪い!」
だのと言って自己正当化する身勝手な性格だった。
そんな幼稚で身勝手な思考回路の持ち主を魔法行使媒体を持つ魔法使いのままで居させる事自体が「殺人鬼に鉈」を持たせ続けるようなものだと誰もが判断していた。
「…となるとロバートとアラントの二名が洗脳に失敗していたということか…」
叔父は考え込むように目を閉じた。
「何故失敗したのでしょう?私のやり方がマズかったんでしょうか?」
サークダが疑問を呈すると
「洗脳術の心得や素養がある人間には、特にそれが魔法使いである場合にはかかりにくいんですよ。
既に誰かに洗脳されていて、その刻印が余程強烈だったり…。
或いはアクセサリー風の洗脳阻害魔道具を身に付けていたり。
そういう場合にも失敗することがあります」
イオリさんが疑問に答えた。
「どうすれば良いでしょう?」
サークダが肝心の点を訊くと
「それを話し合っていました。私は人体実験の実験台として利用したいと思ってます。
本来なら死刑にするべき者達です。
自我の上書きで生き直すチャンスを与えたものの、素直にそれに応じないのなら『殺してしまっても構わない人間を使った実験』に投入して良いのではないかと思うのです」
イオリさんが物騒なことを言うので
「それは余りにも非人道的です!」
と、私は反対した。
「お前はどう思う?イオは『ロバートの魂とロバートの魔法行使媒体を魔道具に移し替えて道具として利用出来ないか』を実験したいと言ってる」
叔父がサークダに尋ねた。
「もしもそうした魔道具が出来たら何が可能になるんですか?
魔道具の所有者が非魔法使いでも魔法が使えるようになるとか?」
サークダが興味を持って訊くので
「まさにその通り。非魔法使いが魔法を使う為の魔道具に、外国人魔法使い犯罪者の魂とナノマシンを利用できないか考えたのです。
所詮犯罪者なので表向きには事故で死んだ事にすれば良いし、実現するなら画期的な魔道具技術革新になります。
ロバートだけでなくアラントも同じ状態なら実験台を二体確保できた事になります」
イオリさんが恐ろしい事を平然と宣うた…。
「…スミマセン。せめてもう一度彼等にチャンスをあげてもらえませんか?
そういう計画を立ててる人がいる事を話した上で私がもう一度彼等に自我の上書きを行います。
それでまた抵抗されて失敗したなら、その時は実験台決定という事にしてもらって構わないと思います…」
サークダも流石に人道的にどうかと思ったのだろう。
思わずロバートとアラントを庇った…。
サークダが「アラントとロバートの元へ向かって今しがたの事情を説明して大人しく洗脳術を受け入れるように勧告します」と言って退室した後に
「チャンスねぇ。アラント(ベン)には何度慈悲を施しても無駄だと思うのだけど」
と、イオリさんが呟いたので
「まぁ、ロバートはその辺は未知数だからサークダがそれで納得するのなら好きにさせてやるさ」
叔父が苦笑して言った…。
結果としてロバートの自我の上書きは成功した。
恐らく「心が折れる」ことが「自我の上書きを受け入れる」条件の一つになるのだろう。
読心術ができる所為でロバートはイオリさんの本気を感じ取ってしまい「死ぬ可能性のある実験台」にされる道を回避しようと選択したのだと思う。
なのでロバートは予てからの予定通り[魔道具研究室]でミツヒデやトオルと共に働く事になった。
自分自身の魂とナノマシンが魔道具に閉じ込められて「非魔法使い用の魔法行使媒体として利用される」未来よりはレビやハニナに犯される方がマシだと思ったのだろう。
何せ生きていられるし、どうやら「年季明け」のようなものもある。
一方でアラント・カルターリはというと。
やはりというか…またも自我の上書きをレジストしたらしく洗脳は失敗していた。
アラントは地下牢に留め置かれている。
「非魔法使い用魔法行使媒体開発」が進んで「魔法使いの魂とナノマシンを注入する」という段階に至るまでは普通の囚人のように命だけは繫ぎ止められるだろうが…
来るべき時が来れば魂とナノマシンは搾取される。
死んだとしても「事故死した」という形でその死が公表される事になる。
生き永らえたとしても「年季明け」が無い。
…私にはアラント・カルターリのような屑を罰する為にイオリさんが人として越えてはならない一線を越えようとしているように感じられて不安を覚えていたのだった…。
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