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魂の粒子
犯罪者に浚われそうになっていた茉莉だが…
親しげに(馴れ馴れしく)世話を焼いてくれていたマリナが腹に一物抱えた人間であったことに関して特にショックを受けている様子もなかった。
地球での生活の中で家族以外の人間に対して微妙に人間不信っぽい発言も見られるので
「他人に対して期待しない」という心理環境が常態化していたのだろうと私は判断した。
「そうかそうかトラウマとかも無い様子なんだな。それはなにより」
と、叔父は満足そうに頷いて
「それなら元々のプラン通りに教会の治癒活動をイオの代わりに引き受けさせる為にも頑張って呪歌の習得に励んでもらわなければな」
と言葉を付け足した。
そんな感じで。
期待されていることもあり、私と茉莉は呪歌を習得するべく暇さえあれば中庭で猫達を実験台にして練習していた。
[動物や魔物を眠らせる呪歌]を歌っている時だったと思うが…
私と茉莉が猫達をうまく眠らせることができて喜んでいると、サークダがやってきた。
彼が愛しいものを見るかのように眩しそうに茉莉を見た表情が私の不安を掻き立てた。
(この二人、もうデキてしまってるのかな?まさか、まだやってないよね?)
と、考えてから
(だけどカウントダウンに入ってるのかも知れないな…)
とも思った。
互いに好意的な印象を持っている男女。
接する機会も多くて、尚且つ上司(アイル叔父さん)が裏から追い風を吹かせて応援している。
(私と茉莉とじゃ、照と時雨の時以上に年齢が離れてて「完全に対象外」だということが判る分、ホント救われないんだよなぁ)
と、今後の関係がどうなっていくのかを予感して気が滅入りそうになった…。
「アラントさんはどうなるのでしょうね?」
私は哀れな愚か者の運命に関してサークダに問うてみた。
「さあ?」
サークダが首を傾げた。
茉莉も噂話は聞き齧っているらしく
「アラントさんって、辺境伯の第二夫人の弟さんで、その第二夫人の浮気相手でもある人ですよね?」
と尋ねたので
「そうですね。近親相姦は【地球世界】でも【裏月世界】でも禁忌ですね」
と、私は答えた。
「ミリヤームさん達の話では、アラントさんは辺境伯の暗殺計画に加担して、イオリさんに対しては直接殺そうとしたんですよね?」
と茉莉が私を見遣る。
私が犯罪者を心配しているのが理解できないようだった。
「私がアラントさんを心配するのは変かも知れませんが、私としては少し彼に対して共感する部分もあったんですよ。
私も前世では実の姉のように思っていた女性に対して欲情する気持ちを持ってました。
近親相姦めいた欲求を理解できてしまうんです」
私が思わずそう告白すると
茉莉は驚愕して目を見開いた。
「幻滅しましたか?前世の私は自分の欲求を捻じ曲げていました。
行動は勿論、考えている事までも全て『守護神様達に見られている』と思って『清廉潔白な自分自身』を必死に演じていました。
余りにも理詰めで自分自身を縛ると、少しずつ自分の中の何かが狂っていくような気がするんです…」
私が述懐するようにそう言うと
茉莉はただただ驚愕していたが…
意外にもサークダは共感したように頷いた。
そして
「自分の中の浅ましい欲求を捻じ曲げ隠蔽して、理詰めで清廉潔白に生きると少しずつ狂うって言うのは、俺にも解る気がしますよ」
と言った。
「私も、その理屈は解る気がしますが、日向先生がそんな気持ちでいたなんて信じるのは難しいです…」
茉莉はサークダと違って私の前世を知っている分、前世の私がどこまでも清廉潔白であったと思っていたいらしい。
「茉莉さんは前世の記憶などは思い出しませんか?
肉体を持ったまま異世界転移出来たくらいなので、接続承認契約者ではなくても【覚醒】する適性は有ると思いますよ?」
私は茉莉に尋ねた。
最も知りたいことでもある。
(まさかと思うけど、時雨なのだろうか?)
という疑いがどうしても消えないのだ。
私の質問の何が彼女を恥じらわせたのか判らないが…
何故か茉莉は顔を赤くして
「その、最近変な夢を見る事があって、それが前世だとしたら怖いな…とは思ってます」
と言った。
(な、何故赤面する?な、何があるんだ?)
と、読心したい誘惑に駆られた。
それはサークダも同様だったらしく、彼女に触れてその夢のイメージを探ろうとして腕を伸ばしていたが
警戒されてサッと避けられていた。
(誰かが「読心術というものがある」ということを茉莉に教えてしまったんだろうな)
ということが、その時点で明白になった。
なので私は自分も読心したいと思ったにも関わらず
「サークダさん、女性のプライバシーを侵害するのは感心しませんよ?」
と言ってサークダを窘めることにした。
「すまん。つい出来心で…」
サークダは茉莉に向かって素直に謝った。
「それで、その変な夢というのはどんなものですか?
自分が夢の中で他人になっていて、自分とは違うアイデンティティがあって、次に似た夢を見た時にも『シリーズもの』の物語みたいに関連がある感じですか?」
私は続けて茉莉に尋ねた。
「そうですね…。アレが前世の自分だとするなら、完全に別人ですね。
『前世』というものがそういうものなら日向先生とメレムタさんが別人のアイデンティティの存在だと言われても納得するしかありませんね…」
茉莉がそう答えたことで
彼女が『前世の自分』に対して強い違和感を感じているらしいのは判った。
「【覚醒】というのは誰にでも起こるものでは無いんですよね?何か条件があるんですか?」
サークダが興味を持って訊いたので
「私の場合は…誕生後四年間くらいは病弱で何度も何度も死にかけました。
死にかけて乗り越える、という度に前世の事を思い出していって、それを繰り返す中で『本来の魂の記憶』を思い出しました。
それによって病弱だった体質が変わりましたね…。
或る意味人間は『中身が変われば運命も変わる』ものなのですよ」
と答えた。
「死にかけるんですか…」
サークダはあまりと言えばあまりな答えにガックリと項垂れた。
(そりゃぁ、死にかける度に少しずつ記憶が戻るなんて言われても実践する気にはなれんだろうな…)
「ですが【覚醒】と言っても…
何回にもわたる転生の履歴を思い出し、自分の本性が霊魂存在であり【世界】にユーザー登録してから参入して『人間』として生きているのだと思い出す事が『本来の魂の記憶』を思い出す事ですので。
【覚醒】したからといって人間性や人格が向上するとは限らないんですよね」
と、話を付け足した。
(【覚醒者】にはアラントのような馬鹿もいるしね…)
「人間として生きる中でこそ『空間』に対する感受性が変化する可能性があり、それこそが『空間定義を書き換える』という『魔法』の用途や精度を上げることと繋がっています」
私がそう語ると
「そう言えば以前、聞いたことはあります。
火を使ったり氷を使ったりする魔法も全て『空間情報を書き換える』魔法だから『空間魔法』に属していると」
サークダも相槌を打った。
「『書き換える』って、まるで仮想空間のプログラムに関する話みたいに思えますね」
茉莉が首を傾げた。
「ええ。仮想空間のプログラムのようなものです。
【世界】というもの自体が【世界の魂】であるナノマシンが物質と半物質を従わせる事で成り立っています。
そしてナノマシンは【管理者】の書くプログラムに忠実に従っています」
「それじゃ【世界】は本当はVRMMO(仮想現実大規模多人数オンライン)のようなものなんですか?」
茉莉が尋ねたことに私は頷いた。
サークダにはよくイメージが分からないようだ。
なので私はサークダの手に手を重ねて「集合意識」に関するイメージを想起してみた。
それによってイメージを読心術で読み取ってくれるだろう。
「ご理解頂きたいのは『インターネット空間』は『デジタル化・可視化された集合意識』でもあるのだけど、それは『アナログの集合意識』とは似て非なるものだという事です。
そして【世界】と関連があるのは『アナログの集合意識』の方なので、そちらに関してお話しさせて頂きますね」
前世のアイデンティティの状態で少し話をすることにした。
「先ずは【世界】に参入している人間達の意識が『潜在下でインターネットのように繋がっている』事をご理解ください」
私がそう言うと茉莉は頷いた。
サークダはインターネットという語の意味が分からないので「潜在下で繋がっている」という点だけ理解した。
「そして『物質・半物質を従わせる』事で【世界】を形成している『ナノマシン』も、従わされている『原子』も、そのエネルギー体である『半物質粒子』も、元々は『魂の粒子』であり、その発展の方向性が途中から分岐したものなのです」
信じられないかも知れないが…
真実である。
((ナノマシンも原子も元は魂の粒子?))
茉莉とサークダは私の言葉に息を呑んだ。
「茉莉さんは自分の魂が沢山の魂の粒子の集合体で出来ている事を理解していますよね?
サークダさんも心眼が無いにせよ、それを知識として知っていますね?」
「ナノマシンとは、魂の粒子の一粒一粒に宿った『超微小な意識体』から『個性』を抜き取ったもの。自律性を失った魂核なのです。
一方で物質の材料である『原子』は『一粒一粒に意識を宿らせる事が出来なかった』状態で纏まりを失って飛散したものです」
【世界】は錬金術でいう第一質料で出来ていて、その第一質料は自分達の魂と同様の「かつては誰かの魂であったもの」なのだという。
しかも人間が罪を犯すのは「魂が原子化に向かう者達の必然」なのだ。
そんな突飛な話を信じられる筈もない。
しかし【世界】を監視している【視聴者】達。
私が前世で「守護神」と呼んで敬い従っていた不可視の存在達は、そうした情報を「真実だ」と伝えてきたのだ。
「…あの、それだと。今のメレムタさんのお話だと。
アラントさんみたいな人の魂はいずれは原子化されて『道具』とされる運命なんじゃないでしょうか?
それならイオリさんがアラントさんの魂を『道具』として扱う事も、アラントさんにとっては遅いか早いかだけの違いかも知れません」
と、茉莉が疑問を口にした。
「必然的にそうなるのと人為的に行うのとでは、随分と違うと思うのですよ。
私にはお義母様が道を踏み誤っているようにも見えてしまうのです」
私がそう言うと
「それもどうなんでしょうね?
私がイオ夫人から洗脳術を習った時に感じたのは『空間』というものに関する感受性が高いという印象でした。
おそらくあの人は自分の魂の粒子の一粒一粒に意識を乗せられる類の人間ですよ。
なのであの人がやろうとしてる事は参入者でありながら【管理者】のように『他の参入者に魔法を使わせる』という事に当たるんじゃないかという気がしますよ?」
サークダが感想を述べた。
「…そうなんでしょうか?
だとしたらお義母様は誰に魔法を使わせてやりたいと思ってるのでしょうか?」
私が首を傾げると
「私が知る限り、アイル様もイオ夫人も、まだ生まれてもない子供に対して相当な親馬鹿です。
非魔法使い用魔法行使媒体の開発は生まれて来る自分達の子供の為に思い付いたものだと思いますが。
おそらく試作品を使わせるのは…」
サークダが私を見て
茉莉も私を見た。
二人の視線を受けて思わず
「…私?ですか?」
と、自分を指差して言ったところ…。
サークダも茉莉もまるで同期化しているかのように同じ動きで同じタイミングで頷いたのだった…。
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