異世界転移

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異世界転移

44180b9e-3e83-480d-8145-a597e0b1a392 ヒュンッと。 何かが頭の直ぐそばを掠めた。 (まさか…) と警戒して咄嗟に身を伏せた。 木陰からゴブリンが矢を射って来たのだ。 茉莉はすぐさま 建物の中に避難した。 ゴブリンは人間ではない。 と判ってはいても、人型の生き物から矢を射かけられたのは少なからずショックだった。 動物なら問答無用に襲ってきたとしても「然もありなん」と納得できなくもないが… やはり「人型をしている」という点で「知性があるのではないか?」という期待をしそうになるのだ。 だがどうやらそうした「期待」は「危険な賭け」のようだ。 ゴブリンに対して知性ある対応を期待するのは間違いなのだと茉莉は悟った。 (このまま隠れていたら、そのうち諦めて何処かに行ってくれるかな?…) と、その可能性に縋ってみるしかないようだった。 何処かに人間がいるのなら、其処まで行って何とか事情を説明し、帰り方を教えてもらうなり、助けてもらうなりしたいところだ。 しかしこうしている間にも刻一刻と時間は経つ。 日本では夕方だったが、ここでは正午よりも少し陽が傾いているくらいの時間だろうか。 (或いはまだ午前中なのか?) このまま外を散策も出来ずに、ここに篭りきりで無事に夜が過ごせるのかどうかは判らないが、そうする以外の選択肢は無いらしい。 (私がこのまま元の世界に帰れなかったら、どうなるんだろう?) 家族はーー 家族だけは心配して悲しんでくれるのだろうけど。 家族以外で誰か心配したり悲しんだりしてくれる人間を茉莉はただの一人も思いつけなかった…。 (友達がいないっていう事は。こういう時に未練が無い分良いのかも知れないな、寂しい話だけどさ…) 茉莉は自嘲した。 (このまま帰れない) という可能性について冷静に検討しながら涙の一粒も零れやしない。 それよりも 「どうやって生きていけば良いんだろう…」 茉莉は思わず呟いていた。 ーーその声に反応した、という訳ではないのだろうが… その時、急に階段近くの魔法陣が輝き出した。 ゴブリンを目にした事で覚悟はしていた。 この世界の魔法陣は地球の魔法陣のようなただの神秘主義的なお飾りではなくちゃんと機能するものなのだろうと、そう予想出来ていた。 だけど実際に、それが輝き出すと狼狽(うろた)えてしまった。 (まさか何かが召喚されたの?ゴブリン達が結界の外から何か仕掛けて来たの?) 茉莉は息を呑んで後退りした…。 だが息を呑んで見守っていると 魔法陣の上には「人間」が現れた。 その「人間」は始めはボンヤリと虚空を眺めていたのだが、その瞳が茉莉の姿を捉えると、驚愕したような表情になった。 「なんでこんな所に女子高生が…」 その人間が日本語で呻いた…。 茉莉もまたその言葉を聞いて驚愕して その人を見詰めた。 そしてお互い穴が開くほど凝視し合った。 驚き過ぎて言葉が出なかったのだ…。 最初に魔法陣から現れた人に続いて その後も魔法陣に人が現れ続けた。 次からは一度に2人づつ、三回。 計7人が魔法陣から現れた。 最初に現れた人は三十代くらいで その後で現れた人達は十代半ばから二十代前半くらいの歳に見えた。 皆がジロジロと茉莉を見る中で 喜色満面でフレンドリーな視線を向けてくる子がいた。 「もしかして、と思うけど。日本人だよね?高校生?だよね?」 その女の子が茉莉に日本語で話しかけてきた。 茉莉は思わず涙がポロポロ零れた。 嬉しかったのだ。 「はい。日本人です。高校生です。学校帰りだったのに、何故が気がつくと此処に来てて、どうすれば帰れるんだろう?って思って、不安で、外にはゴブリンも沢山いて、怖かったです…」 淡々と話しながらもポロポロと涙が零れ続けた。 女の子が思わずといった風に茉莉の頭を撫でながら「よしよし」と言った。 「そりゃ怖いよね。女の子がゴブリンの群れに囲まれてたら…」 別の人がまたも日本語で言った。 皆がざわめき出した。 英語で話してる人もいれば聞き慣れない言葉を話してる人もいた。 言葉は違えど 皆が同じ事を考えて 同じ事を言っていたのだ。 「地球出身の転生者は多いけど『転移者』は初めて見た…」と。 「コラ!静かにしろ!お前ら此処に何しに来たのか忘れたのか?」 一番先に魔法陣から出てきた年長の男が皆を一喝した。 当然、此世界の言葉なので茉莉には判らない筈なのだが… 何故か意味が判った。 (あれっ?) 茉莉は自分で自分に驚いた。 (なんで意味が判るの?) 茉莉が硬直してるのにも構わず 年長の男が今度は日本語で 「そっちにも事情はあるのは判ったが、こっちにも事情があってな。あんたの件で相談に乗るのは、こっちの用事が終わってからにしてもらって良いか?」 と訊いて、茉莉の顔を覗き込んだ。 茉莉は異論は無かったので頷いた。 「よし、それでは今から拝領の儀を執り行う。順番は予め決めておいた通り。先ずはマリナからだ」 男がそう言うと、先ほど茉莉に話しかけてくれた子が前に進み出た。 拝領の儀というくらいなのだから 何かの儀式なのだろう。 茉莉が転移してきた部屋は 部屋の中央に台座があり その台座の上に水盤が置かれていた。 そしてその台座を取り囲むように 床の石畳には大型の魔法陣が薄く刻み込まれていた。 年長の男が呪文らしき言葉を唱えると 魔法陣が微光を発し出した。 マリナと呼ばれた女の子は 魔法陣の外円の出入口に該当する箇所の前で一旦止まり、入口を開く所作をして陣の中に入り、再び開いた入口を閉じる所作をした。 そしてその状態から床に手を付いた。 彼女の手から柿色っぽい淡く光るものが出た。 男の呪文で青っぽく微光を放っていた魔法陣のラインに沿って、マリナの手から出た柿色っぽい光が広がってゆき、ラインの色を輝く白光へと塗り替えていく。 陣のラインの全てが白光を放ち出したら、マリナは今度は水盤に向かって柿色の光を注ぎ出した。 すると蛍のような光の浮遊物が水盤の中から一斉に飛び出して無数に舞い上がり、魔法陣の中を明るく照らし出した。 水盤の水からも淡い光が放射されている。 そして水盤の中からアイ○ッドっぽいタブレット状の画面が浮かび上がった。 マリナが呪文を唱え出した。 そして呪文の途中で「マリナ・クマシロ」という名前を言っていた。 すると蛍のような光の粒の一つが 一際輝いたかと思うと 水盤の水の中に飛び込んだ。 かと思うと 「お返し」とばかりに 別の光が水の中から出現した。 その光の粒がアイ○ッド風のものをすり抜けると、急に物質感を持って石っぽいものになったようだった。 マリナがその石を掴むと、石はドライアイスが気化するように煙を上げて溶け出し、マリナの身体に吸収されるかのように消えていった。 そして魔法陣の中を舞い踊る光の粒が一つ一つ消えてゆき 数分で完全に消え去った。 マリナが魔法陣から出て、魔法陣の出入口を閉めると、其処は元の状態へと戻った…。 茉莉は呆然と食い入るようにそれらの様子を見詰めた。 「今のは何だったんですか?」 思わず年長の男に尋ねた。 「此処が地球じゃなくて異世界だってのは流石に気付いてるんだろ?」 男の方でも茉莉に訊きたい事が色々有るようだった。 「ゴブリンみたいな魔物がいたってことは、此世界は魔法とかも有るってことなんですね? それで、あのドライアイスみたいなのが魔法を使うのに必要なものなんですか?」 茉莉が尋ねると 茉莉の日本語を理解できた者達が茉莉を振り返った。 「「「ドライアイス?」」」 年長の男が少し驚いたように目を見開いた。 「魔眼持ちか…。それなら中の声も聞こえてたか?あいつの名前は何て言ってた?」 そう訊かれたので 「マリナ・クマシロさん?」 茉莉が疑問系で答えると 今度はマリナが目を見開いた。 「拝領の儀の間は魔法陣の中は独立した場になる筈じゃなかったんですか?」 と、マリナが男に食ってかかった。 「まあ、普通の奴らには見えないし聞こえない。お前らは魔法陣の中は見えてなかったんだろ?」 男が皆に訊くと 皆がウンウンと頷いた。 「転移者ってのは特殊なのかも知れないな。…とにかく全員の儀式が終わるまで待っててくれ」 そう言われたので、色々訊きたいのを堪えて皆の儀式が終わるまで茉莉は儀式の様子をジッと見詰めていた…。 *************** 魔法陣から現れた7人の名前が判った。 年長の引率者がミツヒデ。 拝領の儀式によって(ドライアイス状の)魔法行使媒体を獲得したのは マリナ トオル サツキ マサムネ ロバート ナビー の6人だった。 茉莉は内心で (それにしてもミツヒデさんとかマサムネさんとか聞くと戦国時代を連想しそうになるのは私だけか?…) などと思いながら 「私は魔法行使媒体を得られないんでしょうか?」 と訊いてみた。 「残念ながら転生の際に『接続承認契約』をしていて、尚且つ『鉄の通過儀礼』によって【覚醒】していないと魔法行使媒体は出ないんだよ」 年長者のミツヒデが答えてくれた。 「それにしても此世界の魔法使いは地球出身の日本人が多いんですか? 日本語が通じた事に余りにも驚き過ぎて『実は此処は死後の世界、いわゆるあの世というやつでは?』と思ってしまったほどなんですけど…」 茉莉は聞きたい事が多過ぎて何から訊けば良いのか判らないながらも 此世界が幽界(あのよ)ではないかどうかを確認せずにはいられなかった。 「それは安心して良い。【地球世界】と同様にこの【裏月世界】もちゃんとした【世界】だから、中で生きてる人間も皆、本物だ」 ミツヒデが太鼓判を押す。 皆が茉莉の言葉を聞いてクスクスと笑っている。 どうやら【覚醒者】にとっては常識に当たる事を質問してしまったらしい。 「地球の、とりわけ日本からの転生者が増えたのは十年くらい前からだな。 俺の時には地球出身者自体少なかった。 どの時代にも特定の出身地からの転生が激増して、その後落ち着く、といった事は起こる。 今は『日本』からってのが多い時期だな。繋がりやすくなってるのかも知れないな。 こうやって転移者まで迷い込んで来るくらいだからな」 「その事なんですけど。『転移者』は私の他には居ないんですか? 帰り方とか判る方はいらっしゃいませんか?」 茉莉は切実に問うたが 「すまないな。俺が知っている限りではあんただけだな。 そもそも肉体を持ったまま『異世界』まで転移するなんて話は聞いた事もないな」 とミツヒデが答え 「ミツヒデさん、古いですよ。日本のサブカルチャーは私が生きてた頃でも随分と進化してたし、今頃はトンデモナイ事になってて『異世界転移』なんて単語が普通に語られる時代になってるのかも知れませんよ」 マリナがミツヒデにツッコミを入れた。 「そうなのか?」 ミツヒデが茉莉に向き直って尋ねた。 他の皆も茉莉に向き直った。 「そうですね。タイムスリップものや異世界転生もの、異世界転移ものの物語は山程ありました。 インターネットの投稿サイトに投稿された小説を無料で読めるという事もあって、サブカルチャーの発展は凄まじい事になってます」 茉莉がそう言うと 「ほらね」 と、マリナが頷いた。 皆、転生者なので、こちらで生きてきた分、その後の日本の状態を知らないのだ。 サブカルチャーを通して という形であれ 『人々の概念の広がり』は とどまる事を知らないかのように 怒涛の勢いで空想科学的な発想(アイデア)を次々と生み出してきた。 マリナの言うように『異世界転移』という言葉が決して耳新しい単語ではなくなっているほどに。 「まあ、とにかくいつまでも此処に居ても仕方がない。 あんたも『此処にいればまた転移が起きて日本に戻れるかも知れない』なんて希望に縋って、食糧もないこの場所でゴブリンに狙われながら生きていくつもりはないんだろ? ひとまず俺達と一緒に転移して人界へ行くだろう?」 ミツヒデが選択肢のない問いを投げかけた。 当然茉莉は頷くしかなかった。 「有り難う御座います。人界に行けば生き延びられる確率が上がるのなら、一緒に連れて行って頂きたいと思います」 茉莉はミツヒデが差し出した手を取った。 「それじゃ戻るぞ。向こうも帰還用の受信用転移魔法陣を広げて俺達が戻ってくるのを今か今かと待ち構えているだろうからな」 ミツヒデがそう言うと 皆が来た時と同様に階段付近の魔法陣(どうやら転移魔法陣らしい)へと2人一組で乗った。 大きさ的に転移魔法陣は「大柄の人1人用」「小柄な人2人用」といった所か。 転移魔法陣が輝くと魔法陣の上の空間がこの部屋の通常空間とは別のものになったかのように思えた。 そして転移魔法陣の上にいた2人組みの姿が搔き消える。 最後にミツヒデと茉莉が残ったので 2人で一緒に転移魔法陣に乗る。 ミツヒデは大柄なので身体を密着させて魔法陣の中に身体を収める事になる。 「変な下心とかはないから安心しろ。仕方ないと割り切れ」 と言われ、満員電車にすし詰めにされるノリで身体を密着させて転移する事になった…。 茉莉はミツヒデの体臭を感じて素朴な疑問を持った。 (此処の世界での衛生観念はどうなってるんだろう?「毎日お風呂に入る」ような事ってできるのかな?) …その答えは転移後すぐに得られる事になったのだった…。
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