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言葉が判る?
「あのさ、あんたは前世の記憶とかそういうのは無いんだろう?
だけど魔法使いって連中は皆、前世の記憶持ちなんだよ。
だから前世の自分を引きずってて『見た目通りじゃない』んだ。
俺だって今は女の身体に生まれてるけど、前世で男だったから中身は男だし。
さっきのレズビアンの女みたいなのがいても不思議じゃない。
俺も研修の時の清潔化の授業で『中身も女のフリをして、同期生の女子の裸を覗いてやろう』とか少し思った。
結局、背徳感が半端なくて『中身は男です』ってカミングアウトしたんだけどな」
リンタロウが苦笑ながら過去を懐かしむように話した。
(わざわざ読心術で内情を暴くまでもなく自発的に語ってくれた)
「リンタロウさんは命拾いしましたね。悪魔の誘惑に乗って覗きなんてやらかしたら、後でバレた時にどんな目に遭うか判らない所だったでしょうね」
私も神妙な表情で言った。
リンタロウはイオリさんの同期生の筈だから、同期生の女子の中には二人も外国人が「なりすまし」で潜り込んでいた筈だ。
拝領の間を有していない国の魔法使い適性者達は地顔がソックリな人間を拝領の間を有する国の中から探し当てて、殺して「なりすまし」て魔法行使媒体を獲得する手口を取っていた。
魔法行使媒体を獲得する為とは言え、「なりすまし」は人を人とも思わない恐るべき犯罪である。
そんな犯罪者の女子が二名もいた中で裸を覗き見などしていたら…
リンタロウは生まれてきたことを後悔するような目に遭わされていたかも知れないのだ…。
「魔法使いは前世の記憶持ちで、見た目と中身が違う、ということですか?」
茉莉がリンタロウの話から概要を纏めて尋ねた。
「そうだよ。まあ、魔法使いじゃなくても、稀に前世の記憶を思い出す事もあるみたいだけどな」
と言ってリンタロウは私を見遣った。
「そういえばリンタロウさんが話してくれたラーゼーさんの話でしたっけ?アレはデレットさんと出会ったことで触発されちゃったんでしょうね〜」
私はトボけるように言った。
私もまた『見た目と中身が違う』人種の一人なのだ。
「魔法行使媒体を獲得する事と前世の記憶って関係があるんですか?」
と、茉莉がリンタロウに尋ねた。
「勿論あるよ。転移者にその話を話して何処まで意味が通じるのかは判らないけど、一応説明はしてやるよ」
リンタロウ曰く。
『概念がない話は通じない』という傾向が此世界は彼世界よりも強化されている。
魔法使い特有の知識や情報に関して話をしても、非魔法使いには声がピーッという音(鳥の啼き声や虫の鳴き声に似てる)で掻き消されたり、或いは音自体が消音されたりする。
文字で伝えようとしても、文字化けしてたり、文字自体が消えて映るのだとの事。
なので茉莉のような転移者に話をして
何処まで茉莉に声が聞こえるのかは
完全に未知数なのだ。
リンタロウはこうした前振りを先に話した。
此処は【裏月世界】という世界で様々な過酷な【世界】からの転生者が集まってくる。
そしてケータイ会社の『乗り換え特約』よろしく他所の【世界】で『カルマ清算の為の生』を終えて、こちらに新規参入してくる【参入者】向けに『接続承認契約』という新規参入者特約を用意している。
その『接続承認契約』こそが【裏月世界】のタイムライン最新データに『上書きする』という形で魔法を行使できる源なのだが。
そうした契約は当然ながら「【覚醒】状態の霊魂」が結ぶものなので、契約の履行に関してもやはり【覚醒】が必要になる。
そういう訳で15歳で成人した後に受ける通過儀礼で『接続承認契約者』は『本来の魂の記憶』を思い出して【覚醒】することになるのだ。
その後に『拝領の間』で魔法行使媒体を授かり、魔法使いとして活動できるようになる。
「あんたがさっきの連中と遭遇したのは、人外境のど真ん中にある『拝領の間』だよ。
さっきの連中はアメリア国っていう『拝領の間』を国土に保有してない国の連中だ。
だから人外境の『拝領の間』まで転移して魔法行使媒体を授かりに行った訳さ。
で、今アメリア国は内乱・内紛大勃発中で大変な状態なんだ。
国の偉い奴らも各国に亡命してて、魔法使い適性者達もああやって避難してきてるんだ」
リンタロウがそう語ったので
「因みに此処はナハル国のラーヘル砦です。要塞城になってます。
東門の向こうは人外境が広がっていて、沢山の冒険者達が活動しています」
と、私も話を補足した。
茉莉は聞いた話を脳内で咀嚼するのに忙しかったので、気付かなかったが、リンタロウが説明している間にイオリさんが戻ってきていた。
「それで?彼女は少しは落ち着いたの?」
イオリさんが話しかけたので茉莉も気付いて振り向いた。
「一応、こっちの世界に関して説明してた所。まだ彼女の方の話は訊いてない」
リンタロウが答えた。
「そう。…それじゃ貴女が転移した時のことを詳しく話して貰えるかな?」
イオリさんが茉莉に向き直って言った。
茉莉は頷いた。
イオリさんは初めて茉莉を見た時に鋭い視線を向けていた。
(不審者の濡れ衣を晴らしたい)
茉莉はそう思ったようだ。
茉莉は、転移が起きた時の事をイオリさんに詳しく話し出した…。
***************
「そうですか。…自分という存在が小さな粒子の纏だと感じられたんですね?」
イオリさんが真剣な目で茉莉に問うた。
「お義母様。この子は、マツリさんは『心眼』持ちなんじゃないでしょうか?
しかも拝領の儀の様子が見聞きできたという事からして『魔眼』持ちでもあるようですね…」
私がイオリさんに言うと
「そのようですね。しかもマツリさんの魔力は魔法使いのそれに近い。
それでいて魔力回路は稚拙だからアンバランス。
マツリさん、貴女は自分が二箇所に居るように感じた後に、それが重なったみたいに感じたんですよね?」
イオリさんが大切な事を確かめるように茉莉に訊いた。
「はい。自分と同じ粒子の纏が遠い場所にあって、それが空間がねじ曲がって重なったような感じでした」
茉莉が答えると
「拝領の間に入れるのは人間か、それに類する高位の魔物だけ。
マツリさんが転移した時に蜻蛉のような羽虫がいて、それが体内に吸収されたとなると…」
私がそう言ってイオリさんを見遣った。
「マツリさんの魂の欠片はその蜻蛉の中に入ってたんでしょうね。
ただの蜻蛉ではなかったって事よね。
『古代竜が死ぬ時に死骸から無数の蜻蛉が舞い出る』という寓話を思い出します。
マツリさんの魂の欠片が古代竜の中に在ったのだとしたら、相当長い間閉じ込められてた筈だし、相当スペックが高い筈です。
貴女、もしかして此世界の言葉が解るんじゃないの?」
イオリさんが茉莉に問うた。
「えっと、それって…」
茉莉が戸惑っていると
「私が何言ってるか判りますか?」
と、イオリさんが日本語を話すのをやめてナハル語で尋ねた。
ーー茉莉は驚愕した。
その言葉の意味が判ってしまったようだった…。
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