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古代竜
転移者である茉莉がナハル語が理解出来ると判明した事によって、急遽、複数の言語を話せる人間が呼び出された。
サークダという人物。
義父であるアイル叔父さん(ラーヘル辺境伯)の側近の一人だ。
このサークダが様々な言語で話し掛けた結果。
茉莉はナハル語の他にも様々な言語を理解できる事が判明した。
古代竜がどういった形態で人間の言語を理解しているのかは判明していないが、魔物の中でも上位の生き物が人語を解することは広く知られている。
「そうなるとやっぱりマツリさんの魂の欠片は古代竜の一部だった可能性が高いのかも知れない」
イオリさんがそう言うと
「古代竜に関してですが、先ほど入った連絡ではハーダル様が人外境で仕留められたという話です。
亜空間収納袋に死骸を回収したは良いが、素材の剥ぎ取り等に関しては任務外の作業になるので、回収班の人材を寄越して欲しいとの事でした」
サークダがタイムリーな情報をリークしてくれた…。
途端にリンタロウが歓声を上げたので私もつられて喜びの声を漏らした。
「「流石ハーダル様!」」
リンタロウと小躍りしてハイタッチで歓びを表現した。
私とリンタロウは共にラーヘルの私属騎士の中でも選り抜きの強さを誇る「竜騎士のハーダル様」のファンなのだ。
「「イェーイ!!!」」
そんな私達二人を華麗にスルーして
「それだとほぼ確実なんじゃないですか?」
「ええ。回収班の中に彼女も加えて、何か思い当たる節が無いかを確認してもらっても良いかと」
イオリさんとサークダが茉莉の事を話し合っている。
茉莉が呆気に取られていると
「そういう訳なのでマツリさん。古代竜の遺骸を確認しに人外境へ転移して貰って良いですか?」
イオリさんが茉莉に向き直って尋ねた。
「それは構いませんが、その確認って一体、具体的に何をすれば…?」
茉莉が恐る恐る訊いた。
「古代竜の生態は謎に包まれています。
素材を使用して魔道具を造るにも、或る程度魔物の生態に関する予備知識が必要です。
なので貴女が古代竜の一部だった時の記憶を魂の欠片から随意で引き出せるなら、その情報を提供して欲しいのです。
こう言っては何ですが、働かざる者食うべからずです。
貴女は『魂の欠片と融合する』という形で転移した以上、地球世界に貴女の魂の欠片が残っていて『呼び寄せられる』という事態が起こらない限り戻れないと思います。
今後貴女が裏月世界で暮らしていく事になるからには貴女が役に立つ存在である事を私達に知らしめて欲しいのです。
そうすれば私達も貴女が身を立てて行けるよう協力する事にも吝かではありません」
イオリさんが淡々と説明した。
サークダが苦笑を浮かべながら
茉莉を促した。
「この砦の主人であるラーヘル辺境伯は能力主義だ。
あんたが役に立つ事を示せるか示せないかで待遇はかなり変わる筈だ。
俺としてはあんたが役に立つ事を示せるように協力するつもりだ」と。
茉莉が意を決したように
「解りました。頑張ります」
と、頷くと
イオリさんが満足そうに微笑み
サークダが安心したように息を吐いた。
***************
そうやって私達が有益な話し合い(?)をしている間に
アメリア国の魔法使い達が身体を洗い終わって戻って来た。
いつまでも「ハーダル様!ハーダル様!」と騒いでいたためリンタロウと私の頭をイオリさんがはたいて正気付かせた。
イオリさんの手には何処からか取り出したハリセンが握られていた…。
「リンタロウ。後の指導はお任せします。
体表状態情報の保存と上書きを教えた後は、体内状態情報の保存と上書きで行う『ヒーリング』も説明してあげてください。
あと『ヒーリングの多用』に伴う魔力の不足の解決手段として『魔力袋の創造』も話しておいてください。
…出来るよね?任せたからね?」
イオリさんがリンタロウを強い視線で見詰めながら軽く威嚇した。
「判ったよ!出来るから!睨まないで!」
リンタロウが懇願した。
人形のような整った顔立ちの人間が「目が笑ってない笑顔」で威嚇すると何気にホラーなのだ。
「それではアイル様のーーラーヘル辺境伯の執務室まで行きますので、ついて来てください」
イオリさんが茉莉を促した。
「はい」
茉莉が緊張した面持ちなので
私は茉莉の手を握った。
「一緒に行きましょう。怖くないから…」
私が微笑みかけると、茉莉は少し不安が和らいだようだった。
執務室まで向かう道すがら
「先ほどのお話に出た『魔力袋』とはどういうものでしょうか?」
といった質問が出た。
「そうですね〜。魔力袋について説明するには、先ず魔力がチャクラで発電されている事に触れなければならないでしょうね」
と答えた。
私がイオリさんを見遣ると
彼女が後を引き継いで説明する。
「魔法使いの魔法の中には大量の魔力を必要とするものもあるんですよ。
その最たるものが『ヒーリング』ですが。
『ヒーリング』は、体内状態情報の上書きによって、怪我や病気を『無かったことにする』ものです。
でも怪我や病気は既に起こってしまって、既に人間の意識にも細胞にも『体感を伴って認知されている』ので、ただ物理的に上書きするだけでなく『人の意識や細胞までも騙す』という詐術も同時に施される事になります。
なので怪我や病気の程度や癒す人数次第では随時発電する分の魔力では確実に足りなくなってしまうんですね。
それで発電しておいた魔力を『ダムのように貯めておこう』という事になって『魔力袋』を創造する事になるのです」
基本的に消費魔力量は空間状態情報を書き換えるデータ量に比例するらしい。
そして物理的な書き換えのみならず、意識体の認知を騙すという詐術も並行処理で行われる書き換えになると、消費魔力量も大きくなるというのだ。
「私にも魔力袋は創造できますか?」
思わずといった様子で茉莉が尋ねた。
「貴女はまだ一度も自分の魔眼を自分に向けてないんでしょうね。…『自分の中に意識を向けてみる』ようにしてみてください。そうすれば既に魔力回路も魔力袋も備わっている事が解る筈です」
イオリさんにそう告げられて
茉莉は目を見開いた。
そして言われた通りに
『自分の中に意識を向けてみる』
ことにした。
するとそこには『小さな世界』とでも呼ぶべきものがあった。
魔力回路が「獣道や自然発生の川や沼」のように展開されていて循環しているのだった。
それは魔力回路というよりも魔力径路と呼ぶべきなのかも知れない。
一方でイオリさんの内部はまさしく魔力回路と呼ぶべき体を成している。
接続承認契約を結んでいる魔法使い達の魔力回路は「地形の理に沿って合理的かつ機能的に整備された街道や川やダム」のような人工的で洗練されたものなのである。
アメリア国の魔法使い達が掌から魔力を出していた事からも茉莉は「掌が魔力の放出口なのだろう」と思っていた。
それは一部では事実だと言える。
茉莉もイオリさんも掌に放出口がある。
だけどそれとは別に
喉にも放出口がある。
イオリさんに至っては
目もまた放出口となっている。
こうした情報が読心術によって、茉莉と繋いだ手を介して伝わってきた。
「魔力というのは掌からだけでなく喉からも出せるものなんですね?」
と、茉莉が訊いた。
どうやら皆が喉にも魔力の放出口があるのだと勘違いしているらしい。
「いいえ。普通は掌からしか出せないのだけど…。呪歌を歌うなりして『代替魔法』を使う為に魔力回路を増設する場合もあります。
貴女の場合は貴女の魂の分体が竜に組み込まれていたので『ブレス』を吐いてた頃の名残りとして喉にも放出口ができてしまっているのだと思います」
とイオリさんが説明した。
喉から魔力を放出するという行為は、通常の魔法使いに元々備わっているような機能ではないのだ。
「肉体が人間である以上『口からファイアブレスを吐く』みたいな芸当は出来なくなってる訳ですから、喉の魔力放出口を有効活用するには呪歌を習得してもらうのが一番良いでしょうね」
イオリさんがそう言うので
「…まさか、お義母様がマツリさんにお教えになるのですか?」
私は思わず尋ねた…。
「何か問題でも?」
イオリさんが澄まして答える。
彼女の中では、初対面の時から茉莉に対して警戒心を向けていた事が茉莉を未だ緊張させている事を理解できないらしい。
相手を緊張させ萎縮させたまま何かを教えても、相手が教えた事を学び取れるとは限らないのだが…。
「…私は、実は以前から呪歌に興味があったので、これを機にマツリさんと一緒に学びたいと思うのですが…」
と私が言うと
「それは別に構いませんよ。歌唱の練習にもなりますからね」
イオリさんが鷹揚に頷いた…。
会話をしている間に執務室に着いたので、サークダが扉の前にいる護衛騎士に目配せしてから、部屋の中に向かって声をかけた。
中から返事が聞こえてきて、秘書のハローンが中から扉を開いてくれた。
ハローンが素早く茉莉の姿を見て取ると
(どういう事だ?)
という表情でサークダを見遣った。
「特殊な事情ですので、アイル様には私とメレムタさんの方からお話します」
とイオリさんが言うと
扉が大きく開かれ、中へと皆で招き入れられたのだった…。
**************
社会的地位には各々格差があれど…
正式には身分制度は存在していない事になっている日本では『伯爵』などという御身分の人間と接する機会などない。
茉莉がカチカチに緊張しているのを感じた。
ラーヘル辺境伯たる義父である叔父は執務室で事務仕事をしていた途中らしく、執務机には書類が散らばっている。
書類仕事に没頭していたところを邪魔された形になったという事なのか…
少し不機嫌そうに、それでいて気怠げにこちらに視線を向けた。
ここまで来る途中、中庭で見かけた猫達のように仕草も姿も優美で美しい男性である。
その叔父が茉莉を見て軽く片眉を上げた。
それから面白そうにニヤリと笑い
「何かイレギュラーな事態が起こっているようだな?」
と、イオリさんと私に向き直った。
「はい。後で報告書を作成して提出するつもりでしたが…
古代竜の素材回収班を人外境へと送り出すと聞き、是非とも彼女を回収班に加えて頂こうと思って連れて参りました。
今日がアメリア国の魔法使い適性者達を人外境の『拝領の間』へ送り出し魔法行使媒体を拝領させる日だったのは御存知ですよね?
実はその際にアメリア国の魔法使い適性者達が彼女を連れ帰って来たのです。
何でも、あの人外境のど真ん中にある『拝領の間』にこの少女が【地球世界】から転移してきたという事で」
イオリさんがニコリとして言った。
「彼女の主観では転移前に『自分が二箇所に同時に存在している』ような感覚があり『二箇所に存在している自分が一箇所に纏まる』ような気がしたそうです」
私も話を補足した。
「そして彼女が拝領の間に転移した時、足元に蜻蛉のような羽虫がいて、それが彼女の胸元に来ると消えた、との事です。
因みに、彼女は此世界の言葉を複数理解できます。今までずっと彼世界で暮らしていたにも関わらず。
古代竜や魔人などの高位の魔物が人語を解する事は広く知られていますよね?
その最中で『古代竜を仕留めた』との情報を耳にしたので、私としては彼女の魂の一部がずっと古代竜の中に在って、竜が死んだ事で解放されたのではないかと思ったのです」
イオリさんが淡々と説明すると
「成る程」
と叔父が頷いた。
「サークダ、どう思う?」
叔父はサークダに尋ねた。
「はい。私も彼女からは普通の人間とは違う気配を感じますので、イオ夫人の仰しゃる事もごもっともかと思います」
サークダが答えると
「そうか。回収にはお前を向かわせようと思ってたのだが、お前がその娘の面倒を見てやれるのなら、一緒に連れて行ってやれ」
叔父が指示を出した。
「はい。一緒に人外境へ向かいたいと思います」
サークダが返事をすると
「それではお前とその娘で早速、出立するように」
叔父はサークダにそう言うと
イオリさんと私には
「お前達からはもっと詳しい話を聞きたい」
と微笑んだ。
「「「了解しました」」」
私達は一斉にそう言った。
その後すぐにサークダが茉莉に目配せして退室を促し、二人は執務室を出て行った…。
その時にサークダも私と同じように茉莉とは会ったばかりだったのに、彼が妙に彼女に対して馴れ馴れしいような気がしたのだった。
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