霊能者と従魔師

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霊能者と従魔師

c3e8e5f8-6b53-4b18-8c61-4475cc5ef65d36863ec3-09d4-4904-bf68-67384d5e679f 「変わった容姿だな。ガーマールに少し似てる気もするが…」 義父のアイル叔父さんが茉莉の容姿について言及した。 「私達の感性では『懐かしい容姿』なんですけどね。日本人の感性だとかなり可愛い部類の()でしたよ」 義母のイオリさんが説明するのに合わせて私も頷いた。 「サークダさんが彼女に対して妙に馴れ馴れしい気がしたんですけど…」 私が本音を語ると 「いや、(サークダ)が目下の者達に対して取る態度は大概馴れ馴れしいぞ。いつも私達に対しては『上の身分の者だ』という意識で遠慮がちに接してくれてるだけだ」 叔父がサークダに関して少し話した。 「必要に応じてどんな対応も取れる男だよ。礼儀正しくもなれるし、荒くれ者達に負けず劣らず無礼にもなれる。役者顔負けの変装能力と演技力の持ち主だからな」 「そうなんでしょうね。私からするとサークダさんの印象は一定しなくて何ともつかみどころが無い感じがして、ついつい『信用できない』と感じてしまいそうになるんですが」 イオリさんが本音を話した。 「サークダは読心術はできても閉心術はできないからな。 お前達に対して警戒しているということもあるのだろう。 秘密を抱えて生きてる人間はそういうものだ」 「秘密ですか?サークダさんに?」 イオリさんがキラリと目を輝かせた。 叔父は意味ありげに微笑むだけで、それ以上は何も言わなかった。 「さて、さきほどお前達があの娘に関して言っていたことだが、どこまで信じれば良い?」 叔父がそういうので、私とイオリさんは手を差し出した。 読心術で読み取ってもらうのが一番現実との間に齟齬を生じさせずに済むだろう。 この砦には読心術の使い手が数名いるが、アイル叔父さんもその中に含まれる。 言葉にして話して報告するだけでは正確に伝わらない場合、私達は読心術を通じて情報をやりとりするのだ。 「そういえば、メレムタさんは彼女と手をつないでましたね。それでどうでした?」 イオリさんが急に思い出したかのように訊いてきた。 私もイオリさんも少し前から読心術の訓練を行っている最中なのだった。 手を握るなどといった接触行為は接触した相手に読心術を行いやすくなる。 なので読心術で何か判ったかを尋ねているのだろうなと思った。 「どうって、…嘘を言ってはいませんでしたよ、彼女。全部彼女にとって本当のことばかり話してくれてました」 私が答えると 「いやいや、そうじゃなくて」 イオリさんがニヤニヤ笑いをしながらツッコんだことを(のたも)うた。 「あなたの好みのセーラー服の女子高生と手をつないだ感想は?って訊きたかったんだけどね」 「お義母様(かあさま)。それってセクハラ発言に該当すると思いますよ? 貴女、六歳児にどんなリアクション期待してるんですか?」 私は溜息を吐いた。 「そういえばメレムタを読心するとさっきの娘が着ていたような服の女の姿がよく見えるな。 あの服装が『セーラー服』というのか?」 叔父がそう尋ねると 「日本では女学生の制服のデザインとして定着してました。 ですがああいったデザインの襟は何も女性用に限ったものではないので、今度セーラーカラーの服をメレムタさんとリンタロウ用に仕立てさせましょう」 イオリさんが嬉々として答えた。 私は… 自分の恥部がほじくり返されているかのような錯覚に囚われたのであった…。 *************** ラーヘルの東門から出た先に広がる人外境は広大な魔物天国だ。 しかしその中を「ラーヘルと煌央国とを繋ぐ交易路」が横断している。 人外境の横断は危険だが互いに珍しい品を交易によって売ったり買ったりする事で以前は莫大な儲けが出ていた。 それが十年ほど前から煌央国で内乱が続いていた。 国内情勢が安定しないまま、外国人の入国は極端に制限されてしまい、実質的に交易の断絶した状態が続いていた。 それでもラーヘルからある程度までの距離の交易路は騎士達が度々巡回して魔物の間引きを行ってきた。 しかしそうした事態に倦んだアイル・ゲフェン・ラーヘル辺境伯は 「人外境経由の交易は何も煌央国が専売特許でなくても良いのではないか?」 と思いついたのだ。 ナハル国よりも南にはシュナハーカム国があるのだが、その東隣にはシュバ国がある。 ナハル国はシュナハーカム国との関係が良好とは言えない現状なので、シュナハーカム国を経由しないと行けないという事もありシュバ国とは全く交易が無かった。 だが人外境の中にある煌央国との交易路に途中から分岐点を設けて、それをシュバ国方面へと繋げる形で新たに交易路を広げていけば、それまで交易出来なかった国との交易が成立する事になる。 その為の道作りである。 水生成の魔道具を用いて 大量に水を創り出し それを煮立たせ 塩を加える。 よく塩を溶かして塩入りの湯を作り 道にする部分の地面に撒いていく。 近くに建物があったり 地下にインフラがあれば 塩害が心配だが 人外境は密林のど真ん中。 しかも誰の土地でもない。 交易路が完成してしまえば かなりの儲けが期待される。 それにしても除草剤代わりに塩を撒くというのはかなり贅沢な案だった。 ラーヘルは海に面していないのだが秘密裏に大量の岩塩が持ち込まれていた。 そういった実情が無ければ成立しない計画でもあった。 岩塩事情はラーヘル辺境伯である叔父が並外れた金持ちで、様々な事業に投資していることと関係している。 海から遠く離れたラーヘルだが、港町のバーサルにはラーヘル辺境伯が出資した貿易船と護衛船があるのだ。 その護衛船がたまたま(?)海賊を迎撃したら、その海賊達の根城である島がたまたま(?)岩塩の産地だったらしい。 それで海賊相手に逆海賊行為を行ってぶん獲って来た岩塩をこうして贅沢に有効利用しているのだという…。 二年ほどハイピッチで交易路作りをしてきた事もあり、じきに道も完成する見込みにまで漕ぎつけていた。 そんな中での古代竜(エンシェントドラゴン)との遭遇…。 (あの子。本当に魂の欠片が古代竜の中に入っていたのかな…) 私は疑問に思った。 当時はまだ魔物の中に人間の魂の欠片が入っていることがあることは一般的に知られてなかったのだ。 なのでその点に関してアイル叔父さんも交えてイオリさんから話を聞いた。 「従魔術は従魔師(テイマー)が気に入った魔物をテイムするものだと思ってる人達もいるようだけど… 実際には死後に上がれなかった人間の魂の分体が入り込んだ魔物だけが対象なんです。 従魔術はそうした人間の魂入りの魔物を従魔師が調伏し使役することで人間の感性に近づけてやり、本体の魂と連絡がつくように導いてやる目的の主従契約に該当するんですよね」 イオリさんがシレっと言った。 「この世界は地球と違って上がれなかった分体がそのまま悪霊として放置され続けるようなことはないと言われてるのだけど。 実は従魔師が地球の霊能力者達がしていた『上がれなかった魂のアフターケア』をしてたわけです」 そう宣うイオリさんの言葉を聞きながら 「どうりで。裏月世界って『霊能力者』という職業がありませんよね」 と腑に落ちた。 「だからメレムタさんがいつかお忍びで冒険者をやる時には『従魔師』を登録用職業に選ぶと良いかも知れませんね」 「お義母様(かあさま)も『従魔師』みたいなものですね。 沢山の眷属を従えてらっしゃって、その中には魔物じみた人間もいることだし」 私が何気なく言うと 「…私はずっと気づかないフリをしてたけど、本当は前世で殺した虫や小動物の中には『参入者の魂』が入った個体も多数あったんじゃないかと思ってるんです。 …魔術が生贄を必要とするのは生贄を恐怖で蹂躙しながら殺すことによって、生贄が感じた恐怖を自分の雰囲気の深層に刻み込んで、対人交渉の際に対峙する相手にその恐怖を感じさせて様々な交渉を有利に進めようという腹黒い目論見によるものだと思ってますし。 私は自分でも気づかないうちにそのセオリーを踏襲してしまっていて、他人に恐怖心や違和感を感じさせていたのかも知れないなと、今にして思います」 イオリさんがしみじみと述懐した。 彼女は前世では嗜虐嗜好の持ち主だったのだ。 いつ死んでもおかしくないような酷い虐待を受けながら暮らしていたこともあって、どこか精神的に普通とは違っていたらしい。 世の中の弱肉強食法則に納得するために「自分よりも弱い生き物の死を切望する」ような人間になっていたのだ。 そして沢山の虫や小動物を血祭りにあげたことで、殺戮した生き物の中に含まれていた魂が「魂レベルでストックホルム症候群に罹患して眷属化していたのだろう」というのだ。 前世で彼女は「憎くて憎くて堪らない相手をまるで目の前にいるかのようにまざまざと想像して、千枚通しで脳天と顔面をめった刺しにするイメージを思い描くと、相手が必ずと言っていいほど態度が変化した」のだという。 横柄で傲慢な人間が露骨に侮蔑するような態度を取っていたのに… 突然怯えたような態度になったり、丁寧な態度へと急変する。 そんなことが当たり前のように起きていたのだそうだ。 「ある意味、有難かった。何せ万年いじめられっ子で自分を大切にすることも知らずに若い頃は自分を安売りしてたから。 結婚してからも他人に侮られて不当な目に遭わされることが多かったんです。 そうやって腹いせみたいに相手をぶち殺す妄想をした後に、無礼だった相手がちゃんと礼儀正しく変わるってことが判ってからは、人生少しは楽になってました」 「今にして思うと、そういった相手への影響力も虫とか小動物とかの魂が眷属化してしまってて、無意識に私の意志に沿って働いてくれてたんだと思います。 だから今世の眷属達にも『こっちにまでついて来ちゃった前世の眷属』が憑依してるのが判るんです」 過去を振り返るかのように遠くを見る目で述懐してくれるイオリさんに対して、私は何とも言えずにいた。 いや、ホントに黒い女性(ひと)だなと思う。 だけどそんな彼女を満足そうに微笑みながら受け入れているのがアイル叔父さんという人なのだ。 なんかもう「似た者夫婦」なのだろう。 散々嗜虐行為をしてきたので、今は配下の者達を導いてやってます。 といったところなのだろう…。
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