闇の八咫烏--010日目

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闇の八咫烏--010日目

 斎藤利三は、比叡山延暦寺の門前町、坂本寺に着いた。明智光秀、溝尾茂朝、木崎新左衛門の生首を持参して。坂本の詰所で首実検。責任者である篠原は、困惑一色、腐敗、酷くて分かりません。困った困った困ったもんだ。  「利三殿にお聞きしたい。何故、首が三つあり申すのか」  「主君は山崎の戦いで深傷を負い、自らの命を絶たれた。その際、主君の命(めい)により介錯をなされたのが溝尾殿と木崎殿でした。おふたりは忠義を貫き通され、切腹なされた。哀れに思った私どもは、せめて主君と同じく葬ろうとこのようなことに」  「首級の傷みが激しく思われるが、如何に」  「一旦は土に埋め生死を隠蔽しようと思いましたが、主君が夢枕に現れこうおっしゃった。この首級を織田家に差し出すが良い。明智光秀は死んだ。願わくば、明智に関わった者への穏便な配慮がなされるように、と。命乞いではありませぬ。光秀様は無益な殺生を嫌うお方で御座います。その意を汲み取り、恥を忍んでこの場に参った次第で御座います。とは言え、悩みは致しました。憔悴仕切っていた私どもは、不覚にも幾度となく、悪路に足を取られ、このような有様に…」 「あい、相分かった。まぁ、よいは。光秀の首級があることには変わりない。山崎の戦で深傷を負われたとのこと。ならば、秀吉殿の手柄である。山岸殿、この旨、早馬にて秀吉殿に伝えられよ。今後の処置についてもな」  詰所の責任者、篠原は、正義感に溢れる男、とは言え、ややこしい事に巻き込まれるのは好まぬ男でもあった。あちらもこちらも立つなら真実などどうでもいい、それが世の中と言うもの。誰にも災いが及ばない。それが篠原の正義感だったのでっしゃろうな。  篠原の命を受けた山岸は直様、秀吉のもとを訪れ事の次第を解き、処置の支持を受けた。秀吉にすれば終わったこと。自分の手柄なら、それでいい。五月蝿き者が何と云おうとも第三者の詰所の者がそう言うなら、それが事実。案ずるはその後のこと。文句たらたら出ぬように、首実検だけはしっかりと。光秀であると断定するは、明智側の者。それなら文句も出まい。確定すれば持参した者に返し、葬らせればいい。秀吉にとっては首級などに興味がない。あるのはその後の展開。邪魔だてさせぬように、明智の血を引く者は裁断定まるまで幽閉、その他の者は所払いでお咎めなし。と伝えて幕引きに急ぐ。呆気にとられて山岸は、真実よりも大義名分、成り立てば良い。のかと思うのです。
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