38人が本棚に入れています
本棚に追加
闇の八咫烏--003日目
近くの大木を見つけ、その影に光秀を隠す茂朝。仕立て上げた三人に口止めをし、蓑を深々と頭頂部から掛け、先に進ませ、一行をその場からできるだけ早く、遠ざけようと陣頭指揮を取る新右衛門。
十三騎が立ち去るまでの時間は、それはもう気が遠くなるほどに。一行が抜けきる時には、光秀はもう、虫の息。さぁ、どうする?
「光秀様、お気を確かに、光秀様~」
溝尾茂朝と木崎新右衛門は、悲壮な面持ちで、光秀を見守るしかなかった。
「茂朝、新右衛門に頼みがある」
「何で御座りまする」
「私の傷は、致命傷のようだ。そこで、そこでだ…かい…介錯を…」
「そんな、そんなこと…」
「武士の情けじゃ、た・た・の・む」
苦痛に苛まれていた光秀。苦悶の表情を浮かべながら、重く頷く茂朝と新右衛門。生き恥を晒すは武士にあらず。そう自分に言い聞かせ、苦渋の選択。
新右衛門が光秀を支え、茂朝が、近くの小枝に雨除けを施した提灯を掛け光秀を照らすと、一気に刀を振り下ろす。ビシュ、ゴトン。
見る見る、ぬかるみが深紅に染まる。茂朝は、振り下ろした剣先から目を背け、俯き、放心状態に。このままでは、悲願の自害、土民に討たれた、いずれにせよ光秀様の名を汚すことになる。首級さへ見つからなければ何らかの手立てはある。その思いが強く湧き上がった。それは新右衛門も同じ。
万が一を考え、光秀の首級の判別ができないように大きな岩を探し出し、光秀の顔へ「えい」。
心を鎮めるように手を合わせ、大きく息を吐くと光秀の首級を布に包み土を掛け、投げつけた岩をその上に載せた。奇しくもそれは首塚のように。岩についた血は雨に流され、灰色に輝いていた。その首塚の神々しさに再び手を合わせる茂朝と新右衛門。見上げる空は、漆黒。雨は、二人の行為を愚かなことよ、と叱りつけるように激しく、顔を叩きつけていた。時は、天正十年六月十三日、深夜の出来事でした。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
最初のコメントを投稿しよう!