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闇の八咫烏--007日目
入ってきたのは、旅人の姿に扮した斎藤利三だった。
「なんでぇ、てめぇは…。こちとら、いい気持ちで寝てるんだ、さっさと出て行かねぇーと痛い目に遭うぜ」
「それは済まなかったなぁ、いやねぇ、三左衛門さんの所を尋ねたら、兄さん達が、ど偉いことをなさったって聞きやしたんでね。こりゃ、旅の土産話にしない手はないと思い、ほれ、これでも、飲んでもらって、武勇伝を聞かせて貰おうと、馳せ参じやした」
利三は必死で怒りを抑え、満面の笑みを作り、持参した酒を長兵衛たちの前に見せびらかすように左右に振った。空腹の魚が、釣り人の投げ入れた餌に食いつくように長兵衛たちは直様、怪訝な顔から歓迎に満ちた顔へと変貌した。
「長老から聞いてきたのか…まぁそれなら、断れねぇなまぁ、座りな」
三左衛門の紹介と聞き、長兵衛たちは気を許し、利三が差し出した酒を奪い取り、各々が茶碗に注ぎ込み、一杯、二杯と飲み干した。酒が進むにつれ、気分が大きくなり、舌も滑らかになり事の次第を自慢げに話し始めやした。利三は煮え滾る思いを大声で相槌を打つことで発散しつつ、必死の思いで笑顔を作り、聞き入っておりました。
「…そこでだ、木陰に隠れ、光秀が目の前に差し掛かった時、えいやって、槍をぶち込んでやったのよ。それがよー、見事に奴の右脇腹にぶしゅっと。そしたら、馬から落ちやがってよ、それに気づいた近くの侍たちが刀を抜いて、襲いかかってきやがったのよー。これはやべぇって、命さながら、逃げ帰ったってわけよ」
続けて長兵衛の仲間が話に加わってきた。
「でも、惜しかったよなあの鎧、豪華だったのに惜しいことをしたぜ」
それを聞いて、利三は我慢の限界を超えた。
「そうですかい、光秀様をおやりになったのは、おめぇさんたちですかぇ」
「そうだとも…俺様たちよ、なっ」
「そうよ、俺様たちじゃ、あはははは」
利三に取って、そのひと言だけで良かった。それは、小屋を取り囲み、聞き耳を立てていた配下の者も同じでやした。
「者共、我が主君の仇討は、この者たちに相違ない、かかれー」
利三の鬼声に配下たちは、待ってましたと木戸を蹴破り、怒涛の如く小屋に流れ込み、それはそれは、あっという間に、落ち武者狩りたちを成敗したのです。南無三宝、南無三宝。
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