私の知らない私でいるとき

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「では、発表します!」  翌朝、電車を降りて改札を抜けた直後。菊池さんは高らかに言った。電車内では言いたくなかったらしく、ずっとうずうずしていたのが面白かった。  ただ、私はこの時点でも彼女のあだ名を考えついていなかった。どうしようかと私が思っているのを分かっているのかいないのか、菊池さんは発表を続けた。 「あなたは今日からぁ〜、でれれれれれれれ」  菊池さんはこういうのが好きらしい。 「じゃーん! さーこ、です!」 「……ん」  どうリアクションすればいいのかよく分からなかった。  でも、ドヤ顔をみせる菊池さんを見ながら頭の中でその音を反復していると、スルメでも噛んでいるかのように後から後から感慨が湧いてきた。 「さーこ……」 「さーこ! どう?」 「……うん」  十六年弱生きてきて初めてついた、自分のあだ名。新しい名前。さーこ。 「ねぇねぇ、わたしのあだ名は?」  何だか、今日はあっついなぁ。六月も始まって間もないはずなのに。夏にはまだ早いのに……。 「ねーぇ」 「ナツ……」  頭の中に出てきた、彼女と関連することばを、そのままつぶやいた。 「ナツ」  もう一度、はっきりと。 「おぉ! ナツ! 呼ばれたことない!」  菊池さん――ナツは、私が即興でつけたあだ名に喜んでくれているようだった。 「いいね〜、新しい自分爆誕って感じだね〜! ね、さーこ?」  つけられたばかりの新しい名前で呼ばれて、また少し気温が上がった気がした。  六月上旬の、からりと晴れた日のことだった。  私は、「さーこ」と出会った。 **********
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