【序章】誰かが呟く「そんな気してた」

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「ありがとう…っ! ほんっっとうにありがとう…っ!! 俺が首吊らないでやってこられたのは、全部佳乃ちゃんのおかげだよっ!  俺の事は気にしないでさ、明日から佳乃ちゃんのやりたいように、佳乃ちゃんの人生エンジョイしてよ!!ねっ!?」 どこかのドラマで見たことがあるような、大袈裟な泣き笑い顔の、華奢で小さい中年のおじさんにこんな風に言われてしまったら、佳乃はそれ以上何も言えなくなってしまうのだ。 ただでさえ普段から不幸を背負ったようなオーラを醸し出し、更にはこれから倒産した会社の負債を背負うことになる人間だ。 社長個人で立ち上げた小さな出版社に、社長と知り合いのゼミの助教授に紹介され新卒で入社し早3年。 大変苦労もさせられたが、世話にもなった。 頼りなく気も弱いが、腰が低く私達従業員にも尊大な態度を取らない社長だった。 これまでの思い出と、これから訪れるであろう負債と言う名の茨の道を背景にして、この小さく華奢な男をその舞台にぽんと置いた時、佳乃の妄想力は一気に爆発した。 「社長っ!!大丈夫です! 私はなんとでもなりますからっ!  社長は気を確かに、行政でもなんでも頼れるものは頼って、しっかり生きてくださいねっ?! 死ぬなんて、、絶対考えちゃだめですよっ!! 人間生きてりゃ、なんとかなる!!」 そうして、社会という大海原に漕ぎ出したばかりの佳乃の船は、出港してすぐ、あえなく沈没する事になったのだ。 もうすぐ梅雨入りが発表されるかという、6月の蒸した日の事であった。
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