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「勝手な事をされては困るよ 」
突然何処からともなく湧き出た声にビクッと大きく肩が跳ねた。
こんな狭い空間で予想もしていなかった新たな第三者の出現に、内蔵からぞわりと悪寒がせり上ががり体が強張るのに目だけは声の主を捉えようと忙しなく動いた。
「 …誰だ。 」
海星が低い声で姿の見えない"誰か"に問う。
神経を研ぎ澄ますようにすっと雰囲気が鋭いものに変わったのを背中からでも感じられた。
" カタリ… "
それはちょうど佳乃と海星から見て正面、アミの姿を通り越し、創太郎の"ガラクタ"が並んだ棚の向こう側…
入り口のすぐ左側の、人が一人入れるくらいの狭い空間から、ぬっ、と現れた。
「 …え…? 」
佳乃の記憶にはっきりと残っていた訳では無いが、確かに見た事がある男。
この男は確か、
「 エレナちゃんの部活の先生…?」
初めてマスモトさんが来た時に一緒に来た40代くらいの男。
マスモトさんに責められ慌てて先に帰ってしまったからそもそも印象は薄いし、あの頃と少し雰囲気が変わっている。
だが実際に目の前にすればすぐに思い出す事ができた。
状況を把握しようと、眉間に思い切りシワを寄せ不可解そうに佳乃を見下ろす海星に一瞬だけ視線を合わせてすぐに男を見た。
「な…んで、あなたがここに…?」
「あれ? 知らないの!?
あっ…!そうっ!!この男っ!!
アミこいつに連れて来られたの!!
こいつエレナとデキてんだよっ!!
エレナとグルんなってアミを嵌めたんだよ!!
そうだよ!! ねぇっ!!!
そうでしょっっ!!? 」
逃げ道が無く瀕死の様相だったアミが、突如水を得た魚の様に目をランランと輝かせて身振り手振りで大声を張り上げる。
芝居にしたってこんなに辻褄が合わないシナリオがあるだろうか。
アミの向こうで先生は突っ立って、酷い事を言われてるにも関わらずその視線は潤み、むしろ焦がれる様に口を半開きにしている。
「っねぇっ!!!
きいてんのっ!!? そうだよねぇっ!?
そうだって言えっっ!!!」
金切り声を上げながら先生に目を釣り上げているその言動事態が、真実を語っている事に気付けもしない。
アミの姿は既に狂気の沙汰だ。
その言葉をただ恍惚と受け止めてこくりと一つ唾を飲み込むと、ずりっと半歩前に踏み出した。
同時にゆっくりと持ち上げられた両手にはペットボトルの半分くらいの大きさの薄いオレンジ色っぽい液体が入った瓶と、手の中に握り込んだ何か。
「 …!? …っおい…っ …止めろっ 」
はっと先生の手元を凝視した海星が何かに気付いた様に一歩踏み出した。
「来るなっ」
その動きにすぐに反応した先生が、怯えの混ざった短い静止の言葉と共に瓶を高く掲げた。
咄嗟に踏みとどまるも、ジリっとほんの少しずつ距離を縮めながら海星がその体に緊張感をまとった。
「お前、何しようとしてんのか解ってんのか…?
その女の為なら止めとけよ…
あっという間に全員巻き込んで終わりだ 」
海星の発言にやっと佳乃の疑念も確信に近付く。
ーーーー石油…?
と言う事は、右手に握り込んでるのはライターだろうか
目の前の光景は今まで想像すらしてこなかった未曾有の事態であり、佳乃の頭の中は一気に恐怖に支配され指先がカタカタと震えた。
「う…そ…っ
おね…が… やめて… 」
口を開いても言葉が喉に詰まってうまく出せない。
ギュッと奥歯を噛み締めていないと歯も唇も震えてしまうのだ。
先生は歪んだ虚ろな瞳をゆっくりとアミに合わせると、縋るような表情で乾いて皮の浮いた唇を開いた。
「 一緒に行こう…アミ…
どうせもう逃げられないんだ… 」
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