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先生の落ちた隙間を海星がさっと覗いて確認している。
佳乃が口元を抑えながらそちらの方へふらりと足を踏み出そうとした時、尻餅をついたまま引きずられてへたり込んでいた筈のアミが、佳乃を押し退けるように出口へと駆け出した。
「 っあっ!」
小さな店だ。
アミの足でもそこから出口まで走れば4歩くらいの距離しかない。
出口の取手に飛び付くようにしがみつくと、古くさい扉がその勢いに押されてキッと開いた。
ーーーー逃げられる!!
一瞬段差を確認するように首を動かしすぐに左へ折れる階段へとアミの姿が消えた。
「あいつ…っ!」
海星も佳乃もすぐに追い掛けようと出口へと踏み出し、半開きになったドアに手を伸ばす。
先に届いた海星の手がドアをドンと押し開け、思い切り階段を駆け上がる気で勢いづけた体が、思い掛けず障害物に激突しそうになった車みたいに急ブレーキをかけてたたらを踏んだ。
ーーーえ、なにっ?!
また新たな敵でも現れたのではないか、と本能的な絶望の影が佳乃に落とされるのを体で感じる。
ふと、ギリっと地上の方をにらみ上げていた海星の表情が、訝しむようにひそめられた。
佳乃は自身もその視線の先を確認しようと歩を進めるも、自分で行くより先にそれは現れた。
「え…?」
ズリ、ズリリと後退りながら華奢な背中が現れ、入り口の照明がまるでスポットライトの様にその姿を照らした。
「え…、なに…なんなの? 誰!」
佳乃からは表情の見えないアミの声が小さく溢れる。
その背中だけでも十分に混乱と怯えが見て取れた。
海星は、不可抗力だとしてもアミの体が自分に触れるのを拒否するかの様に、すっと身をよじって一歩下がる。
海星とアミが出口から距離を取ると、ドアの向こうがぽっかりと、さながら一人用の小さなステージの様に、次現れる役者を迎えようとしていた。
黒い革靴のようなつま先を舞台の端に捉えると、出演の演目を間違って出てきてしまった様な場違いなシルバーのスーツ姿の男がライトの下へひょこりと登場したのだ。
「 あ、会長ー、いましたよ〜 」
お互いがこの不可解な展開に困惑しているのを確かめ合うように、海星と佳乃の視線が合わさった。
不可解だが敵ではないと、何故かそう思わせるような男の緊張感の無さが、ほんの少しだけ佳乃に巻き付いていた恐怖の紐を緩めた。
男が店内に一歩入ると、もう一人黒のスーツを着た30歳半ば過ぎくらいの、今度は少し厳しい顔の男が眼光鋭く店内を見回した。
佳乃と目が合うとうむと一つ頷いて、店には入らずドアの向こう壁の方にすっと下がって舞台を空けた。
いつか見たドラマの中の、要人のSPを彷彿とさせる機敏で無駄の無い動きだ。
さて次は誰だと身構えた佳乃が、本当に呆気に取られて口が開いたのはこの次であった。
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