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【第26章】私の道
「警察呼んだほうがいいんじゃないすか
そいつら、自力でまともになるのもう無理だと思うんで」
ーーーあ、ゴローさんに敬語使った…
ふてぶてしいのは健在だが、海星が敬語を使っているのを見たのは初めてだ。
そんな事を考える余裕が出てきたくらいには、佳乃の精神状態は回復しつつあると言える。
アミは"なんて事を言うんだ"と言う顔をして海星を見ているが、意図的にそれを一切に視界に入れずに器用にアミだけを避けている。
「あ〜、そうそう。
まぁ、うちの方で引き取っても良かったんだけどねぇ…、
今回は適役がいたから呼んどいたんだ」
何故かホッとしてしまった自分に驚いて、勝手に脳内ノリツッコミをかましてしまう。
ゴローさんが振り向いて出口を見るのにつられて、この場にいる全員がそれに続く。
気だるい若い方のスーツが緩慢な動きで出口のど真ん中から横へずれると、再び空いたステージをペンダントライトの些か頼りない光が照らした。
なんだか場違いにも"次は一体誰が出てくるんだろう、"という若干のワクワク感さえ覚えた事に自重する。
アミの横顔は先程より更に色を失くし、口元はぽかんと開いて呆然としていた。
まるで考える事を放棄しているようだ。
「そろそろいいよ〜」
なんとも気の抜けるゴローさんの呼び掛けに、のそりと明かりの元に姿を表したその人。
「 げっ…げんさん!? 」
出てきたのは常連さんのげんさんだった。
そう、大きくて厳つくて強面で無口な、あのげんさんである。
またしても自分は知らないが佳乃から聞く世間話にはちょいちょい出てくる名前に、海星が目を潜めて様子を伺う。
アミは、デカくていかにも悪人面のげんさんを見上げながら絶体絶命の様相だ。
「うむ…。」
ただ一言頷いて、げんさんは人口密度の高い狭苦しい入り口に体をねじ込んで、海星の後ろ側で未だ伸びている先生の様子を確認した。
チラと海星に視線を合わせると、瞳の奥の人間性を直に覗き込むような鋭い眼光を向けた。
長身の海星より、まだ大きいげんさんの威圧感に見ている佳乃の方がハラハラするが、海星の表情は変わらない。
その時ずっと反応のなかった先生のくぐもったうめき声が聞こえて、皆の注目を集めた。
佳乃の位置から棚に隠れて見えないが、辛そうだがゆっくりと起き上がる様な気配を感じる。
「これ…。」
海星は横目で先生の動きを確認すると、先程奪った薄オレンジっぽい液体が入った瓶をげんさんに見せた。
ぐぅっと眉間が険しくなって小瓶を睨みつけると、海星に説明を促すように視線を向ける。
「そいつが持ってた。
ライターもその辺に転がってる。
脅しにしては洒落にならない」
げんさんは瓶を受け取ると、出口に向かって、"おいっ" と声を掛けた。
比較的ラフな格好をした中年男性2人が現れるが、さすがに入り口付近にばかり大の大人の男性がこれだけ居ると明らかに定員オーバーだ。
気怠いスーツが場所を譲るように外に出た。
あれよあれよと沢山の人が出てきて、頭が付いていかないが、解決に向かっていると言う事だけは感じられる。
「連れてけ」
げんさんの声で2人の中年男性が機敏な動きで先生を両側から抱き上げた。
まだ体が言う事を聞かない様で、歩いていると言うよりは引き摺られていると言う方が正しい。
出口に消えて行く間際、アミに向かって生気のない微笑みを一瞬残して見えなくなった。
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