【第26章】私の道

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初めて来たときは振り落とされるんじゃないかと戦々恐々としたデコボコの山道も、今日はこの後に見られる景色を想像すると特に怖さは感じなかった。 海星に対する信頼が、あの頃とは違う物であると言う事も勿論大きい。 しばらくするとあの特徴的なアシンメトリーの屋根の片側がヘッドライトに照らされ、その正面に着くと人感センサーのライトがもう反対側の軒を淡く浮かび上がらせる。 一度目に来た時は茂った枝葉に侵食されていた屋上階段も、秋風に葉を落とされたのか今日は幾分上りやすい。 「…わぁ…っ!」 最後の2段を駆け上がり、眼前に遮るもの無く広がる壮大な夜景に声が自然と漏れた。 「やっぱり凄いね! 」 「あんま身乗り出すな…」 「大丈夫だよ なんか前より光がはっきりしてる気がする!」 「寒くなって空気が澄んできたからな」 海星がゆっくりとした歩調で佳乃の横に並び、柵に腕をかけた。 「そっか、寒くなると空気の中のチリとかほこりが少なくなるんだっけ」 「あぁ。」 穏やかな顔で街を見下ろす海星を視界の端に入れながら、じわりと胸が満たされて行くの感じる。 彼のこの年下らしからぬ落ち着いた空気が、佳乃をとても安心させるのだ。 なんだか言葉を発するのが勿体ない気がして、静かに息を吐いて口を閉じた。 指にあたる風は街なかより遥かに冷たい。 「ミツルの元締めが逮捕されたって」 呟いた海星の横顔に視線を合わせる。 彼は先程と変わらず遠くを見下ろしながら、空気の話をするのと同じ調子で話し始めた。 「元々追ってた組織だったからラッキーだったって。」 「そう…」 あの事件の日から、連日彼らの罪を暴く為に色々な話をしたり聞かされたりしていた。 あの教師はともかく、相手はまだ未成年だ。 だんだんとやりきれない思いに精神的に参ってきていた。 佳乃と海星はゴローさんが言っていた様に、聴取と言われる物自体は必要最低限しか受けていないと思う。 なんの部署なのかは謎だが、げんさんに"被害届は出すか" と言われたが、出さない事にした。 この先関わり合いになるのも嫌だったし、佳乃が出さなくても十分他の罪も犯しているのだから。 ぽんと頭に大きな手がのって、そのまま後頭部に流れた。 「ごめん、怖い思いさせた… 」 「っ違う! もう大丈夫だし、海星君のせいじゃないって言ってるのに 」 海星の手が流れるように佳乃のこめかみ辺りの髪を梳くと、隠れていた治りかけの傷跡が露わになる。 指の背でその近くを気遣わし気に撫でる彼の顔は、自分よりよっぽど痛ましく見えた。 「ほんとにもう大丈夫なんだよ。 海星君が来てくれたので全部塗り替えられちゃったし! 」 にこりと笑って見せると、眉間にしわを寄せながらも少しだけ空気が軽くなった。 「エレナちゃんもね、今は前向きに将来の事考えられる様になったって。 オリンピック目指さなくなったら、逆に前より練習がしたくなったって言ってたよ 」 エレナはさすがに母親に隠しておく事はできず、げんさん側からきちんとマスモトさんに話があった。 学校側で大問題に発展してしまわぬ様に、げんさん達が上手くやっているらしい。 当然アミと先生は学校を辞めたが、エレナは卒業まで通う事を決めたのだ。 残りの学校生活を送る為にも、出来るだけ波風は穏やかな方が良い。 「あのおばさん荒れただろうな」 ふっと口端で笑いをこぼした。 「むしろ静かになったらしいよ? ショックで放心状態だったみたいだけどね。 そんな時にゴローさんが活躍したみたいで… その後からかなり落ち着いたって聞いたよ」 ゴローさんは気を利かせてマスモトさんに会いに行ってくれたらしい。 どんな話をしたのか聞いたが、"子を持つ親のただの世間話" としか教えてくれなかった。 ちなみにゴローさんはバツイチで、子供はいないが、"我が子みたいなもん"がいるので気持ちはよくわかるらしい。 そうちゃんの事かなと少し思った。
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