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気分が重いせいか、お風呂にどんどん体が沈んでいく。鼻の真下までお湯がきたところで、ぼくの沈没はようやくストップした。
ミコちゃんが「やりすぎなんじゃない」と声をとがらせたおばあちゃんとのやり取りが、汗といっしょににじみ出してきた。
「ねえ、おばあちゃん。最近もの忘れをするようになってない?」
「まだまだボケてませんよ」
「むかーしのことでも、覚えてる?」
もちろん、と自信満々でうなずく。おばあちゃんは案外負けずぎらいで、挑戦されると引き下がらなかったりする。
「ミコちゃんって、ぼくが生まれる前はお菓子食べてたんでしょ?」
「え、あ、うん、いや、ううん」
めちゃくちゃに歯切れの悪い答えが返ってきた。
「お姉ちゃんがね、おばあちゃんに古いこと聞いてごらんって笑ってた。わたしがお菓子を食べない理由なんて、忘れちゃってると思うよって」
ぼく、いけない子だよね。話を誘い出すために、力いっぱいうそついてる。
「それ、ミコちゃんが言ったのかい?」
「うん。おばあちゃんのボケ防止のためなら、いいよって」
「本当にやさしい子だこと」
目じりのしわが深くなった。
よし、いけそうだぞ、と心がはずむのと同時に、黒い靄で胸がぱんぱんになった。
おばあちゃんをだましちゃった。それにこれ、絶対にミコちゃん怒るよね。
「やっぱりいい」って言うんだ。
正義の味方が必死でぼくの耳にささやいたけど、話が始まると、ぼくの耳は全力でおばあちゃんに傾いていった。
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