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「サトくんが生まれるとき、お母さん、手術することになっちゃったのよ」
ぼくが初めて聞く話だった。
「手術室に入る前にお医者さんが、お父さんとおばあちゃんを手招きして低い声で言ったの。お母さんの命を助けるためには、赤ちゃんを犠牲にしなくちゃいけないかもしれませんって。ものすごく真剣な顔だった」
おばあちゃんの顔も大真面目で、口もとのしわがいつもより深く感じられた。
「ミコちゃんね、サトくんが生まれてくるのを、とても楽しみにしてたの」
顔中を笑みにして、赤ちゃんのぼくをだっこしているミコちゃんの写真が思いうかんだ。
「長い手術でね。小さいながらに、なにか気づいたんだろうね。お父さんにもおじいちゃんにもおばあちゃんにも、赤ちゃん大丈夫だよね。きっと生まれてくるよねって泣きだしちゃって」
このあたりで、ぼくのまぶたには涙が集まり始めた。
「大丈夫よって背中をさすったり、抱きしめたりしても泣きやまなくて。でも急に静かになって、立ちあがったの」
おばあちゃんの目が赤くなってる。
「両手をしっかり組んで、神さまにお願いを始めたわ。赤ちゃんに会わせてくれたら、わたしは一生お菓子を食べません。大好きなお菓子、やめます。だから、赤ちゃんを助けてくださいって」
おばあちゃんの言葉が重なるたびに、鼻の奥がツンとして、目のまわりがどんどん熱くなる。ぼくを見つめているおばあちゃんの顔が、ぐにゃりと曲がったとたん、まぶたから涙がころがった。
泣いてしまったぼくは、話も聞けないし、なんにも言えない。おばあちゃんに勢いよく背中を見せて、自分の部屋まで走った。
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