752人が本棚に入れています
本棚に追加
凄腕
Side:士央
「10万。10万出すよ。どう?」
机に向かって問題集を解きながら、隣に座るメガネのニキビ面を見もしないで言った。
「じゅ、10万……」
「とにかく静かな人がいい。じっと黙って俺に口出ししない人、紹介して。学力はどうでもいいから」
「そ、それだけで10万?どうかしてるんじゃないか」
「いらないんならいいよ。あんたをクビにしてもらって、また次のやつに言うから」
慌てたように了承したメガネは口元をむずむずさせながら皮算用してんのが見え見えの顔で残りの時間を過ごした。
まぁコイツは絶対OKするって分かってたから持ちかけた話だけどね。
実際のとこ親にわがまま言うのもめんどくさいんだ。自己都合でやめてくれんのが一番いい。
口が臭いのとなんとか授業をしようとするのがうっとうしかったそのメガネの家庭教師は、俺の希望通りその週の内にやめ、次の週には紹介の新しい先生がやって来た。
約束の10万は相手を見てから払う、とメガネには伝えた。
「チワ。越智保っす」
「峰岸さんに教えるのがとても上手なプロの家庭教師ってお聞きしたので、厳格な感じの年配の方がいらっしゃると思っていましたが……お優しそうで安心しました。
息子の士央です。早稲田か慶応になんとか受かって欲しいんですけど、学校の成績も振るわなくって。どうぞよろしくお願いしますね」
大人ってのは大変だね。
新しく来た家庭教師をうさん臭いって思ってるくせに白々しいこと言っちゃってさ。
「ほら。あなたもご挨拶なさい」
「あ、ごめんなさい。先生、よろしくお願いします」
俺は成績に伸び悩む高校3年男子を演じてぺこりと頭を下げた。
この越智という人……まぁ、うるさくはなさそう。でも眠そうな顔でふにゃふにゃ笑って「どーもぉ」なんて言ってる姿はどう見ても凄腕家庭教師には見えない。
峰岸の奴……ウソのセンスってもんがゼロどころかマイナスだな……
「じゃあ先生。早速よろしくお願いします。士央さん、お部屋に案内して差し上げて」
「はい。先生、こちらです」
俺は越智先生を先導しながら、リビングを出た。
階段を上りながらチラリと後ろを見ると、でけぇウチ……って呟いて天井の方を見上げながら静かに後をついて来る。
俺は自室に入って電気をつけると、15畳ほどの洋間の窓際にある親の期待が詰まったマホガニーの机にくるりと身を翻して尻を乗せた。
最初のコメントを投稿しよう!