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らーめん
俺が先生の所に戻ると、突然にかっと笑って近づいてきた薫さんががっしりとした大きな手で俺の肩をぐっと抱き寄せた。
「なぁ~士央クンからも言ってやってよ~!俺、今から友達の店に新作試食しに行くんだけどさぁ、一緒に行こうって誘ってんのに保がウンて言わないのよ~」
「薫……びっくりしてんだろ」
初対面の人とは思えない距離感で来られて、内心ひーって思ってた俺の腕を先生がぐっと掴んで引き、薫さんはそれに抵抗することなく俺の肩を離してくれた。
「なんだよ~付き合いわりぃぞ!店は休みなんだしさぁ、この子も連れて行きゃいーじゃん」
「だからこいつはそういうんじゃないんだって。いろいろややこしーから、いい」
訳が分からないなりに事情が見えてきて、どうやら俺がいるから先生は薫さんと行けないんだ、って……
『初詣も終わりましたし、ここで別れましょうか』って、するっと言えれば良かったのに。本心はまだ先生といたくて……だから言えなくて……
「わーかってるって。ノンケなんだろ?もう言わねえからさ。シゲの新作、ラーメンらしい!ちょー旨いよ、絶対!」
のんけってなんだろう……っていうか、ラーメン……ちょーうまいラーメン……
腹がぐーって振動した。それもそのはず、境内に立った無機質な円柱の先にある大きな時計を見れば、時刻はもうじき1時ってところ。
「ほらほら!士央クン、お腹空いてんだろ。ラーメン食いに行かない?タダだよ、タダ!」
薫さんは俺の表情を読んだみたいに畳み掛けてきて、意地汚いことにラーメンって単語を聞いただけで口につばが湧いてきて、ごくって飲んだのを先生に見られてしまった。
先生は俯いてくっくっくっくって笑って……
あー……食いしん坊って言われても仕方ねーよな、こんなん……
「よっしゃー決まりね!じゃあ出発!……と、まだ自己紹介してなかった。士央クン、俺、松山薫って言います!保の……まぁトモダチってヤツ。薫って呼んでね~」
ニカッと笑った薫さんは手を差し出してきて、呆気にとられながら出した俺の右手をぎゅっと握ってから、ジーパンの前ポケットに親指を引っかけて踊るように歩き出した。
「明るい人ですね…」
「んー。まぁな。いいヒトだよ。うるせーけど。で、お前……屋台どうする?なんか買ってくか?」
「いえ!いいです!お腹減らしとかないと!」
ちょっとウキウキして言う俺を見て笑う先生の目は、くすぐったいくらい優しかった。
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