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TKO
背の高い薫さんの大股に合わせて時々小走りになりながら駅の方向に5分ほど歩くと、線路の側道沿いに並んだ古い個人商店の中に紛れるように立つ目的地、「TKO」に着いた。
まるでドミノのように両隣りとひしめき合って立つ2階建てのその店は、パッと見は蕎麦屋か何かに見える和風の構え。
入口の木製引き戸の前の紺色の暖簾に白い筆文字でTKOと書いてあるのが、浮いているようで意外と合ってる。
「テクニカル・ノック・アウトなんて……変わった名前のお店ですね」
「なあ?そう思うだろ?俺も言ったんだよ、シゲがこの店出す時さぁ……違うの。これね、TOKYOの略なの。バカだよね?」
薫さんは茶目っ気たっぷりに笑うと、暖簾を手で払って引き戸を開けた。
「シゲ~!食いに来てやったぞ~」
薫さんと先生に続いて中に入ると、そこはいわゆるウナギの寝床っていう細長い空間に、カウンター席のみのシンプルな店内。
それより……激烈にいい匂い。店の外にも漂ってきてたけど、中に入るとより強烈に食欲を刺激してくる……
くぁ~~匂いがすでにうまそう!!これは期待できる!!
するとトントントンという足音と共に、店の奥にあるU字に曲がった階段からにっこりと穏やかそうな、先生より幾分年上の男の人が姿を現した。
紺色の作務衣を着た彼は、なんかやっぱり蕎麦屋っぽい。
「おお~ 保やん~ ひっさしぶりやなぁ~」
「どーも。あけまして、オメデトー」
「うんうん、明けましておめでとう。今年はもっと遊びに来てな~。ん?そっちの子ォは?」
薫さんにシゲと呼ばれた店主であろう人が、優し気でありながら奥を見透かすような視線を俺に向けてきて、俺はお辞儀をして「初めまして、桜沢士央と申します」と挨拶をした。
そしたら、何かを話そうとしたシゲさんを遮るように薫さんが俺にぐっと顔を近づけて、
「なになに士央クン!俺に対する態度とかなり違わない?自分から挨拶とかさぁ~」
って不満気に言ってきて、思わず笑いながら後ずさりしてしまった。
「こらこら士央くん、びびってしもてるやん。大人げないなぁ。どうせ薫がそのテンションで近づいてったんやろぉ?そりゃ、引くわぁ。なぁ?」
そう言ってにこっと俺に微笑みかけたシゲさんは、近くの椅子に引っかけてあった渋みのある茶色の前掛けを取って腰に巻いた。
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