755人が本棚に入れています
本棚に追加
「適当に座ってな。すぐ出来るから」
シゲさんは俺達に席を手で示して、階段横のスイングドアを抜けてカウンターの向こう側の厨房で静かに準備を始めた。
先生を間に挟んで3人並んでカウンターテーブルについて……でも先生と薫さんが俺には分からない話をしてるから俺は手持ち無沙汰で、黙々と作業をしてるシゲさんを見てた。
薫さんとは対照的に静かで穏やかな人。主張は強くないけど、芯は強そうな……これぞ大人っていう感じ。
正面には日本酒から洋酒まで様々な瓶が、まるでテレビや映画でみるバーのようにずらりと並んでる。
けど店内の雰囲気はあくまでも和風で、一体何のお店なのかよく分からない感じだった。
「こちらは……どういったお店なんですか?」
話しかけてから、目がシゲさんの手元に釘づけになった。
まな板の上に、みるからに旨そうな明らかに自家製ってわかるチャーシュー……うー……味見させてください……!
「ふふ……美味しいもん、すき?」
「え?」
「すっごい、食べたぁいって顔してるわぁ」
シゲさんは可笑しそうに言って、スッと薄くスライスしたチャーシューを俺の方へ差し出してきた。
「どうぞ。今日は試食会やからね。遠慮なくいろいろ意見言ってやぁ」
「ありがとうございます!いただきます!」
うっわうっわ、ちょーうまそう!やった!いっただっきま~す!!
俺は大きな口を開けて、渡されたチャーシューをぱくっと全部口に入れた。
柔らかいのにしっかり肉の歯ごたえも残ってて、味も染みこんでて……!
旨い!ってすぐ伝えたいけど、口に入ってるから……!!
俺はシゲさんの目を見つめながら、一生懸命咀嚼した。
そしたらシゲさんがくるっと後ろを振り向きながら手を叩いて大笑いしてさ。
「伝わって来たわ~!!いやぁ……可愛いねぇ、この子」
シゲさんはまだ笑いの残る顔で先生に目線を移した。
「でしょ。うまいモン食わせたら大体こういう顔してる」
先生は椅子に寄りかかって腕組みをしたまま俺の方を向いて……またさっき神社で見せてくれた優しい目で笑ってる。
この目を見ると、安心する。
くすぐったくて、嬉しくなる。
ずっと……見ていて欲しくなる……
俺が、そんなことを思いながら先生を見つめ返すと、先生は俺の頭をぽん、ってしてまた薫さんと話し始めた。
視線がなくなって寂しくて、先生の向かう先の薫さんを見たら、ちらっとこっちを見返してきた彼がなんか意味ありげな表情をして、俺にウインク。
これまた反応に困って……俺は厨房の中のシゲさんの作業を見るふりをして目を逸らした。
最初のコメントを投稿しよう!